第5話 鋼鉄のグラディウス②
……頭痛がする。無意識にこめかみを右手で抑えて、アウグストは目が覚めた。
「あ、アウグストさん! ああ……良かった、生きてた……」
ぼやけた視界が現実に順応するまでの数秒間、アウグストの耳にはずっと『良かった、良かった』と、嗚咽交じりの女性の声が聞こえていた気がした。
こなれてきた視界には、いつもの石造りの冷たい天井と、鉄格子の
「目が覚めたんですねぇ」
などという声はあっけらかんとしていて、おおよそ"いつも通り"といった調子だ。
先ほどまでの声は夢だったのだろうか。アウグストはすこし訝しがりながらも、自身の置かれた現状をうまく思い出せず、記憶を手繰り寄せては離して四苦八苦していた。
「あ、その顔、どうやら状況が呑み込めていない様子。まあそうですよね、私も皇帝陛下が自らアウグストさんを引きずって来た時はびっくりしましたよ」
「陛下が……?」
「ええ。なんだかぼろきれみたいになったマントにくるまれた貴方を見た時はもう、びっくりしましたよそれは」
「────」
ようやく、繋がった。
自身は願ったのだ、耐えると。そうした時、目の前に青い光が広がった。
自分から……いや、正確には剣を中心に広がった光は、闘技場の先まで届くと、自然と雲散霧消した。
アウグストはそれまで自分の身に掛かっていた力と圧力から解放されたが、蓄積したダメージでそのまま気絶してしまった。レヴンが呆けた顔をしていたのが最後の記憶。彼にとっては勝利も敗北もない戦いであった。
「……あれから、どれくらい経った?」
「んー……2時間くらいですかね。観客の皆さんは興奮冷めやらぬ様子で帰って行きましたよ。あと、ローゼンデリアの騎士達は陛下のところへ正式に招待された様子です」
「そうか……なら、もう、戦う必要は、無いな」
たどたどしく言葉を紡ぐアウグスト。外見は傷が治っているように見えるが内臓は損傷、内部出血と筋肉の崩壊が酷く、まるで地獄の釜で煮られているような状態であった。
「ええ、ありません。ですからゆっくり休んでください」
「ありがとう、ジュヌ。俺はどうやら、お前を守れたらしい──」
微笑むジュヌの顔を見るて力なくそう言うと、安心して、眠りという名の休息に落ちる。
そんなアウグストの頬に、一つ、水滴が落ちた。
「あれ──こらえてたのに、ダメ、かあ」
ジュヌの瞳から顎元に伝う涙は、溢れ、落ちていく。
──良かった。生きていた。心配していた。無事でよかった──
……言葉にすれば容易い労い。しかし、ジュヌはその想いを必死に堪えていた。
それはひとえに、彼を邪魔しないため。闘技場という場に命を預ける彼の、重荷にならないため。
人間に感情を隠すはエルフの血筋故か。ジュヌは"本心"に至る道を自身の種族特性を理由に閉ざす。
だというのにあふれ出る涙は、彼女の制御下に無い分、正直だった。
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