第5話 鋼鉄のグラディウス①

「──なんだ、これは──?」


 アウグストはポツリと呟いた。そんな自身の声が聞き取れるほどの静寂が、周囲に広がっていた。


 腕の負担が消える。体の重圧が消える。目の前の大砲じみた光線が消える──


 残されたのは、崩れかけた地面と、花のように舞い散る光の膜の破片。そこに呆然と立ち尽くす一人の剣闘士グラディエーター


「────」


 力尽き、音も無く落ちる獅子の魔獣。レヴンは魔獣の近くで剣を構えていたが、もうその必要は無くなったと言わんばかりに閃剣を払い、鞘に納めた。


、か。まさかここまでとは。父上、一体何を考えて彼にこんな力を……」


 レヴンが虚空に呟く。そんな彼に歩み寄ろうとして、天地が掴めなくなる。

 ……どうやらよろめいたようだ。彼にはもう、まともに歩く力も残されていない。満身創痍そのものであった。


「見事! 勝負あった! 勝者はローゼンデリアの閃剣使いたるレヴン・リコリス! そして、我が帝国最強の剣闘士、アウグスト!!」


 呆気にとられていたセプテムは、今にも倒れそうなアウグストを見るとはっとなり、彼が倒れる前に無理やり口火を切って言い放った。

 ──次第に、疎らながらに拍手の音が響く。

 それは、雨音のように優しい音色。簡素ではあったが、紛れもなく彼らに降り注いだ称賛であった。


「両国の親善、これにて相成った! 今後も盟友たるセント・ヴェリウス帝国に幸いあれ!」


 レヴンが両手を広げ、皇帝、及び父たるスパロフ副師団長に向き直ると、手を丁寧に下げて礼を伝える。

 スパロフは堅苦しい顔で頷くと、兵士たちに貴族を保護するよう促した。


「アウグストッ!!」


 衛兵より先に、セプテムは叫んでいた。

 階段を駆けおり、崩れた防壁を越え、窪んだ闘技場を走る。

 そうしてアウグストのもとに駆け寄ると、自身のマントを彼に覆い被せた。


「……よし、生きているな──死ぬなよ。貴様は、


 セプテムはそう言うと、少し頬もとから緊張を解いた。

 自身のマントごと、傷だらけの男を引きずる。向かうは入場口。下らない恥も外聞も捨てて、砂まみれの皇帝は急ぎ地下牢を目指した。

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