第4話 閃剣と鋼鉄④

 ──


 跳躍ではなく、飛躍。文字通りあの巨体は、無数の目玉と共に、宙に浮かび上がって見せた。

 背には今まで外皮と思っていた、を広げて。

 滴り落ちる血と同じ鮮血のような赤い色をした翼の内側はやけに毒々しく、この獣が、地上に存在しうるどんな獣にも該当しない魔獣だということを、二人はようやく肌身を以て実感させられた。


「なんだ──あれは」


 その様を見上げながら、アウグストは呟く。

 薄い膜ギリギリまで飛び上がった獅子が如き獣は、その上下左右に十の目玉を均等に配置し、その全ての瞳を使ってこちらを凝視する。


 恨み、憎しみ、嫌悪、殺意──


 全ての負の感情が威圧感となって、言外に二人の体に重く圧し掛かった。


「馬鹿な──あんな巨体が飛べるものか」

「まさか──あの魔獣、光線を──」


 レヴンの呟きにハッと意識が現実に戻るアウグスト。しかし、時は遅い。目玉にはもはや、

 それは獣の口や目も同じ。かの獣の神髄は威力を帯びた魔力の線条圧出レーザービーム。それを都合13も集約して同じ個所に打ち込めば、闘技場は愚か、おそらくは山の向こうまでも穿つ光の大砲となろう。


「──レヴン! 行けッ!!」


 アウグストが叫ぶと同時に、その光線は放たれた。


 反射的に剣を前に出すアウグスト。彼の剣に、腕に、体から足先に至るまでに、これまで味わったどんな一撃よりも重い熱線がぶち当たった。

 受け止める剣よりも先に体が悲鳴を上げる。肩がミシミシと軋む音を立て、足が闘技場の荒地に沈んでいく。


「ッ!! アアアアアアアアアアアッ!!!」


 叫んだのは痛みからか、腕の血管が、筋が、音を立てて千切れていく。

 しかし、彼より先に闘技場の方が耐えられなくなった。金属が曲がり砕ける音がして、闘技場の床が沈む。


 ──不味い。

 避ける事の出来ない死の光線。例えアウグストがこのまま耐えようと、闘技場は崩落する。

 崩落すれば、光の膜も何も無い。闘技場の客は全て巻き込まれるように中央に落ちる。ここはさながら蟻地獄のように、全てを飲み込んで消滅するだろう。

 もちろん、地下も例外ではない。番兵たちも、繋がれた者も、そして、アウグストの奴隷たるジュヌも──


「それは────させない」


 アウグストは、熱線により徐々に溶けていく手により一層力を込めて、これ以上ふり絞れない力を振り絞ってでもその光を食い止めた。しかし、それでもなお、光線は弱まらない。

 その光線は、おそらく魔獣が息絶えるまで続くだろう、何十秒後か、何百秒後か。先の数秒を保つことに精一杯のアウグストには、とても最期まで耐えられる術ではない。


 だからこそ──彼は願った。


 こんな魔法に負けないように。

 ジュヌを──守ろうと思ったものを守るために。

 そして──


 ──いつか自由を手にするために。


 ……そのために、力がいる。魔法も力も無力にしてしまうほどの力がいる。

 今の自分にそんな力はない。だからこそ、願い、それを叶えるために無限に等しい努力を積み重ねてきたのではないか。


 ならば、ここが、今が彼にとっての瀬戸際であり、最大の見せ場だ。

 いつかの努力を不意にしないために、ここで彼は立ち続けなければならない。


 ……地面がもう一段階沈み込む。もはや平らではなくなった闘技場と、徐々に崩壊し、薄い衣のように落ち行く光の膜。そんな中、彼は願いを口にした。


「ここで、死ぬわけにはいかない──ッ」


 もはや動かなくなった右手を補助するように、左手を剣に添える。


「だから────耐えろ、ッ!」


 ──瞬間、剣はに包まれた──


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