第4話 閃剣と鋼鉄③

「────」


 アウグストは絶句していた。

 まるで太陽光を直視するかのような眩い光の線は、闘技場という自分の世界を抉り、削り取るように巡回している。


 まるで、無数の蛇がうごめいているようだ。そんな最中、光線にも劣らぬ閃光が彼の視界の隅に入った。

 目の前に動く光の名はレヴン。彼はまるで雷のように瞬間的に加速して巨獣の光線を掻い潜り、見事に巨獣の左脇に隣接すると、そのまま青く輝く閃剣を突き出した。


「せぇいッ!」


 アウグストの目ではギリギリ捉えられない速度で放たれる一撃。巨獣は一瞬よろめくも、すぐに態勢を整えてレヴンに突進した。


「ぐ……こいつ、効いていないのか!」


 剣を盾にして食い止める目の前の男。それを見て、アウグストはようやく、

 自分は魔法使いでも何でもない、自分はただの剣闘士、グラディエーターだ。そして──目の前にいるのは一匹の獣。

 これが倒せずに、何が檻のアウグストだというのだろうか。


「ッ────アアアアアアアアアッ!」


 震えていた足に力が入る。鋼の重みを帯びた剣が自然と持ち上がる。顎に力が入り、全身が闘志に震え上がる。闘技場を囲う薄い膜を揺らすような彼の雄叫びは、彼自身を茫然自失の淵から這い上がらせるには十分だった。


 ──走る。獣はこちらを見ていない。土煙を上げてひた走る。レヴンはじりじりと壁際に追い詰められている。


 鋼鉄の剣を振り上げる。そして──叫ぶように、鳴く様に、その剣を振り下ろした。


「ガアアアアアアアア!!」


 獣が叫ぶ。頑丈の一言に尽きるその装甲に亀裂が入り、朱い血が噴き出す。

 振り下ろした剣の束に左手の掌底を宛がって、有らん限りの力を込めて傷口に差し込む。


 沈みゆく刃。外皮を貫く鋼鉄がその内臓に届く前に──


 その獣は、飛び退いてこちらを睨み返した。


「アウグストさん、流石です。注意を引いた甲斐があった」

「レヴン、お前の剣は通ったのか」


 奇しくも隣に立つことになった二人。息を整えながら、レヴンはゆっくりと首を振って応えた。


「いいえ、全く。あの獣は鋼鉄よりも頑丈です。魔法のがあっても、刃を通すにはある種の技術がいる。まるで大きな山を削るような気分です」

「そんな経験があるのか?」


 アウグストは純粋な疑問を口に出すと、レヴンはふと笑って、獣を見据えつつ、穏やかな横顔で語った。


「もちろんないですよ。例え話です。しかしあなたのその剣──なら、それも叶う」

「それはどういう──ッ! 来るぞッ!」


 獣の咆哮により、二人の談笑は終わった。四足で土を蹴り上げての突進だ。

 だが、そう同じ手は何度も喰らわない。アウグストとレヴンは目を合わせると、互いに逆方向に飛び退いた。


 ──誰もいない場所に着地する魔獣。その視界の前にレヴンが颯爽と現れると、剣を目元に翳して叫ぶ。


「閃剣!」


 途端、剣の蒼き光が雷が奔流するかのように騒めき出し、闘技場全体を閃光が支配した。

 怯む魔獣。その隙をアウグストは見逃さない。


「オオオオオオッ!」


 前足を上げて目を覆う獅子が如き獣の懐に入り──一閃。横薙ぎに鋼鉄のグラディウスを振り抜いた。

 内臓まで届いたか。溢れだす血の量は既に、この魔獣の命がに入ったことを知らしめるようで──必然、獣はを使わざるを得なくなった。

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