第3話 闘技場の魔獣④
会場に出ると、舞台は満席。ごった返す貴族たちの熱気の中、対岸の檻にその獣はいた。
鎖につながれている──といえば聞こえは良いが、実際は逆だ。あの獣は、鎖を引きずって歩いている。
角に、手足に、体に巻き付いた鉄の鎖を抑えるのは番兵が六人。その全てが自身の足を杭のように闘技場の大地に立ててもなお、地面に爪痕が残るのみ。
四足歩行の癖に、前足から頭までで自身の体躯を大きく上回るそれを目の前にして、アウグストは一歩、二歩と前に進んだ。
「只今より、本日の剣闘を開催する!」
主催者席に座る、どこか落ち着かないセプテム皇帝の横で、いつものように声を張る衛兵。
「挑戦するは音に聞こえし神話の魔獣。魔族の生き残りにして人智を超えた魔法を使う獣。対するは、セント・ヴェリウス帝国きっての剣闘士。人が対せば人を斬り、獣が対せば獣を斬る勇士、アウグスト!」
貴族達から歓声が上がる。いつにも増して大きいようだ。見た事も無い魔獣に興奮しているのか──そんなに、人が殺し合うのが楽しいのか。
「アウグスト、もう限界だ!鎖を解く、あとはお前で何とかしてくれ!」
番兵の頼りない声がかすかに耳に届いた。一人、また一人と番兵が手綱を離していく。ようやく自由になった獣はあたりを見渡して──唯一、障害になりうるであろう
──アウグストは叫ぶ。その声に呼応するように、獣も吠える。反響する殺気の中、男の目の前に一人の騎士が現れた。
「アウグスト殿! 加勢に参った。私はレヴン・リコリス。助力はこの閃剣を返してくれた礼と思い給え」
細身にして容姿端麗。その男の名はレヴン。彼が閃剣を空に掲げると、観客は大いに賑わった。
声を小さくし、アウグストに優しそうな目線を向けて、レヴンは言った。
「相手は魔獣だ。こちらも閃剣の力を使う。キミは自由に戦ってくれ。僕はそれに合わせよう」
「……俺には魔法が使えない。それでもいいか」
アウグストは明らかに自分より身分の高い人間でありながら、親しみを感じさせる謎多き男に純粋な疑問を訪ねた。
レヴンは、手に持っていた包みをアウグストに渡すと、少し微笑んで、声を張って会場に叫んだ。
「相手は魔獣! だがこちらは歴戦の勇士たるアウグストと、このローゼンデリア第三師団長たる私がいる! この戦いを以て、両国の親睦の義としよう!『親愛なる陛下と国民に捧ぐ』、我が閃剣に誓って!」
レヴンは剣を構えた。自身に向けた時と同じ姿勢だ。顔の横に剣を構えて、半身にして足を少し開く。
自身も負けてはいられない。アウグストがその包みから出ている剣のグリップを持ち、中空を払うと、包んでいた布はたちどころに裂けて落ちた。
中からむき出しになったのは、漆黒のように黒い刀身の両刃の片手剣。サイズは今までと同じだが、段違いに重いその鉄の塊は、おそらく、鉄よりより硬いもので出来ているのだろう。
ジュヌがかつて言っていた。ローゼンデリアの秀でた技術による精錬の証、即ち──
「鋼鉄、か」
その重さを実感しつつ、アウグストは肩幅以上に足を開く。左の空手を前に、右手の剣は右足に沿うように持ち、視線だけで獣を威圧する。
「では──試合開始!」
一際通る衛兵の声と、貴族たちの大歓声の中で、一つの獣と、二人の人間は衝突した──
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