第3話 闘技場の魔獣③

「おい! どういうことだ、これはッ!!」


 闘技場には当然、開催者席や貴賓席がある。彼らの為に用意された一等席には専用の入場口があり、外側は警護兵によって厳重に守られている──はずだった。

 セプテム皇帝が騒ぎを聞きつけ、一部の衛兵とを訪れると、警備兵は横に退き、代わりに貴族達が豊かな笑顔を浮かべて進んでいた。


「……あ、皇帝陛下。ご機嫌麗しゅうございます。開催は明日と聞き及んでおりましたが……いやはや、生きのいい魔獣だからと早めて下さるとは」

「そのようなつもりは──」


 言いながら、セプテムは考える。この貴族の物言いにはまるで嘘が無かった。

 かつ、情報の出元は定かではないにしても──舞台が整えられすぎている。

 用意周到と言わざるを得ない。まるで、自分以外の誰かが意図的に民を操っているようだ。ならば──


「──当初は無かったのだが、喜んで頂けるなら幸いだ」

「なんたる寛容! それでは、魔獣とアウグストの剣闘、楽しみにしていますぞ」


 その口に合わせるのが得策。セプテムは適当に相槌を打ち、衛兵に事態を探るよう命令する。同時に会場全体に罠が無いか、国に敵の気配はないか。

 民の安全が自分以外の人間に握られている。今、この状況を作れる人間に心当たりは。あとは、その人物が『なぜ』こんな暴挙を行っているのか、それを探るのみだった。


 ──────────


「父上! 出来るだけ多くの貴族に触れ回りました!」


 白銀の鎧を身に纏う細身の優男は、同じ甲冑を着込んだ老騎士の隣に立ち、闘技場の貴賓席から全貌を眺めた。


「……こうして上から見ると壮観ですね。千人ほどは座れるのではないでしょうか。どの席からも中央が見やすく、まさにと言ったところでしょうか」

「レヴン、お前の失態はお前で取り返すのだ。私の策はここまで。後は自分でやれるな?」


 隻眼の騎士は、その赤く輝く瞳でレヴンを見つめる。


「はい、父上──いいえ、スパロフ副師団長殿。ローゼンデリア王国の第三師団長として、閃剣を継ぐものとして、剣闘士に負けたまま帰るなど、もとよりできませぬ故」

「その言葉、反故にしないことだ、師団長殿」


 老騎士は、足元にかしずいた銀甲冑の兵士から、ある布包みを受け取る。それをレヴンに渡すと、自身は腕を組んで座席に座った。

 レヴンはその包みを最初は酷く重そう受け取ったが、すぐに『あたかも軽い』かのように笑顔で持ち直し、颯爽と客席の方へ走っていった。


 ──────────


「アウグスト、出番だ」

「……出番? 明日と聞いているが」


 アウグストは寒い地下牢で、いつものように腕立て伏せをしていた。背にはエルフのジュヌが座っており、アウグストの腕は軽く震えていた。


「いいから来い──魔獣が逃げ出した。闘技場のステージに向かっている。陛下は予定を一日早めて無理やりを開催するつもりだ。お前がいなくては話にならない」


 だから来い。と、あくまで命令口調で番兵は言った。アウグストはそれを聞くと、腕立て伏せを続けながら言う。


「だが、武器が無い。まさか素手で魔獣とというのか」

「いや、武器は大丈夫だ──と、異国の騎士が言っていたぞ」

「……そいつの名は?」

。お前が二日前に戦い、倒した相手だよ」


 アウグストの脳裏に浮かぶのは、スパロフという老騎士の言葉。代わりの剣を用意する。その約束が、どうやら果たされるようだ。ならば──


「? おいアウグスト、なぜ腕立て伏せを続ける」

「……あと12回で100回なんだ。終わったら行くから、少し待て」


 88、89、90、91、92……


「はぁ……アウグストってさ、ホントそういう所、堅真面目だよねぇ」


 ジュヌは上下に揺られながら、呆れてそう言わざるを得なかった。

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