第3話 闘技場の魔獣②
──鉄の檻が地面ごと揺れる。魔獣と呼ばれる獣が、身を打ち付けて鉄格子に抵抗している。
その度に頭上から闘技場の破片や、土、砂埃が落ちる。
衛兵は顔をしかめて兜を被り直し、槍の先で魔獣を軽く突いて檻の奥へと追いやる。
それを数日間。朝も夜も繰り返している。衛兵は代わる代わるその行為を繰り返す。
ああ、なんて無意味な作業だろう。
魔獣など、人間にとって脅威でしかない。魔法を使ってこない事だけがせめてもの救いだが、この古びた檻で3日間、『十全な状態で活かせ』というのも難しい話だ。
それもこれも、偉大なるセプテム皇帝陛下の一存のせいだろう。
彼は──いや、彼ら貴族は遊興というものを好む。それは、奴隷達のように、日夜汗水たらして働く文化が無いためだろう。
この国は古くから奴隷制度を維持している。、ローゼンデリア王国やクラルガ公国にも奴隷の文化は残っているが、多くは貴族自身も研究や鍛錬・労働に勤しんでいる。
セント・ヴェリウス帝国はそれらの肉体労働を全て奴隷に託している。貴族たちはそれを管理している──といえば聞こえはいいが、基本的には労働を与え、罰を与えるのみだ。最低限の自衛手段として私兵を作り、金で守りを固め、醜くない程度に体系を整えて日々を過ごす。
衛兵という存在ですらも、本物の貴族様にとっては貴族出身の奴隷と揶揄されているのが現状だ。
果たして自分は貴族なのか、自ら選んで奴隷になった変人なのか。そんな、どうでもいいことを考えていると──突如、轟音と爆風が上がる。
衛兵は我に返って檻を見る。煙、砂塵、しかし、何もない。何もなかった。
結論から言えば、既に遅かったのだ。
──彼の構えた槍は、まるで鋭利な刃のような爪で切断された。
──彼の伸ばした腕は、まるで猪突のような速度の腕で弾け飛んばされた。
──彼の怯え竦んだ顔は、まるで万力のような顎力で潰された。
かくして、獣は檻を吹きとばし、自らの四足で大地を歩く。
全長4メートルを超えるライオンのような見た目に、剣のように鋭利な爪。
たてがみから覗く10を超える触手の先には魚類のような眼球がついており、彼の前後左右、その全てをくまなく見渡していた。
細い牢を道を駆ける巨躯なる獣。騒ぎを聞き、追いかける人間。獣が真に外の光を浴びる──その日は、皇帝陛下の言いつけより1日ばかり早い時間となった。
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