第2話 ローゼンデリアの閃剣④
「ああもう、加減が効かないんですから…!」
そう言うと、ジュヌは力無く肩を落としたアウグストの手を取り、治癒魔術を発動した。
緑色の暖かい光がジュヌの腕からアウグストの手までを朧気に覆い、自然治癒能力を活性化させている。
「全く、私がいなければ今まで何度死んでいるんだか分かりませんよ?」
「ああ……すまん」
アウグストは両手をジュヌに任せて、正面から向き合う形で彼女の瞳を見た。
偽りではない、怒りと悲しみの目。彼女は自身も傷だらけで、男性とも女性とも区別がつかないような見た目になっているのに、それでも他人の痛みに同感して、アウグストに奉仕していた。
「……このまま処罰されて、死んでも良い頃合いかもしれませんね──そろそろ、私も性別を傷で偽りきれなくなってきました。人間の男どもに犯されて死ぬよりは、よっぽどマシな最期でしょう」
「ジュヌ、お前……」
「アウグストさん、奴らはどうしようもなく狡猾で、醜い生き物です。エルフの女と見れば容赦なく玩具にするし、男と見れば『美貌のために』と平気で死肉を捌いて喰らいます。仕える相手が貴方で、私は幸運でした」
屈託の無い笑みを浮かべて語るジュヌは、もはや罰を逃れると言う発想すらなかった。それはアウグストも同じだった。
──しかし、皇帝はそれを許さなかった。
「剣を奪われた?! スパロフ・リコリスに?!」
実直なアウグストは皇帝への謁見を願い出た。衛兵は困惑したが、事情を聞くとすぐさま謁見の間に2人を連れ出した。
忙しいのか、少しイラついた態度の皇帝をまっすぐ見据え、アウグストはその日に起こった出来事の全てを話した。
「──クソッ!あの斥候上がりの老騎士め、朦朧して一線を引いたのかと思えば本業真っ盛りじゃないか……ッ!」
皇帝は豪奢な椅子の肘掛けに右肘を付いて、その右手の親指の爪を仕切りに噛んで小言を続ける。
「しかも魔法ってのがまた小狡い。使われた側は全く検知できやしないッ!他国でなんてことしやがる、ローゼンデリア……ッ!」
「──陛下、処遇を」
アウグストは平伏したまま己の結末を催促する。
「ああ、そうだな、おい!
「セプテム陛下?! そ、それはあんまりでは!」
伝令に宛がわれた衛兵は、自然と口から声が出た。このセント・ヴェリウスにおいて、奴隷に落ちると言うことは”市民権”が剥奪されることと同義だった。
「見張りの出来ない衛兵はいらない。音はなくとも姿はあったはずだ。まともに役割を果たしていれば、そんなもの直ぐに気づけただろう」
兵士に目もくれず、セプテムと呼ばれた若き皇帝は手で『行ってこい』と合図を下した。
衛兵に拒否権はない。彼はその非礼を詫びて、すぐさま謁見の間から退出した。
「あ、あのー陛下、私たちは?」
「貴様らか? 報告ご苦労、もう下がれ」
「え、こ、殺さないんですか?」
たどたどしく言葉を紡ぐジュヌに、赤髪の皇帝凄まじい眼光で威圧した。
「殺さんッ!殺したくても殺せん。アウグスト俺のものだが、それ以前に民のものだ。死する時は闘技場で死んでもらう。下女、貴様もな。それまでアウグストを生かしておくのだ」
ジュヌの顔に恐怖が浮かび上がる。セプテムはジュヌを『下女』と呼んだ。女だと認識したのだ。彼女というエルフにとってそれは凌辱の果ての死を意味していた。
しかし、セプテムは大きくため息をついてジュヌに言った。
「人には役割があると俺は考えている。市民権も人権も関係ない。無論エルフ──最下層の異種族とて同じ事。お前はエルフの女であるという以前にアウグストのものだ。俺が裁けば別の人間を役割に宛がわねばならん。故に、死ぬまで仕えよ──それに、貴様は不味そうだ。誰も喰わんだろう」
舌を出して渋い顔をするセプテムは、やはり年相応には青年であったのだろう。皇帝という威厳は今はなく、ジュヌも気が抜けて怒りの感情を真っ直ぐに皇帝に向けていた。
「陛下、しかし罰則はありましょう。それをお聞きしたく思います」
この状況でも一切動かない。鉄の男アウグストは平伏したままセプテムに再び催促した。
「だから、裁けんのだ。忍を許したのは国の落ち度、それは俺の落ち度でもある。お前を罰すれば俺は自分のミスを肯定したことになる」
セプテム皇帝は椅子に深々と座って、膝上にあった金細工の王冠を手に取る。
「それに──替えの剣を用意すると言っていたんだろう? ならそれが来るまで待ってやるさ。外交の問題にするのはそれからだ」
皇帝は王冠を頭の上に載せて、二人に言い放った。
「そんなに罰が欲しいなら、おあつらえ向けにあるぞ。次の相手の話、貴様ら聞いていないだろう。3日後にそれは出る。精々死なぬように励むのだな」
「それ、とは?」
顔をあげて問うアウグストに、セプテムは心底嬉しそうに右の頬をつり上げて言った。
「聞いたな?驚けよ。それとは──魔獣だ」
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