第2話 ローゼンデリアの閃剣③
「──で、その副団長殿が何の用だ。主人の仇討ちにでも来たのか?」
異様な雰囲気を纏うスパロフを目にし、牢の中にいながら剣を手にとって身構える。鞘から抜けばそれがきっかけになり殺し合いが始まるかもしれない。そうなった時、せめてジュヌだけは逃がせるようにと、アウグストは彼女に背後に隠れるよう目で指示した。
「はは。そんなまさか。レヴンの敗北は彼自身の未熟さ故のもの。それを仇を討つなど、それこそ彼への侮辱となりましょう。私の願いはただ一つ──」
老騎士はゆっくりと鋼鉄を纏った右手を上げ、その指先をアウグスト──の持つ、白亜の閃剣に向けた。
「それを返して頂きたい。その剣はレヴンをレヴン
たらしめるもの。我がローゼンデリア王国の騎士団長に脈々と受け継がれてきた、一種の象徴なのです。それを返していただければ、私は音もなくこの場所を後にしましょう」
騎士はあくまで頭を下げず、真っ直ぐにアウグストの目を見た。
矜持。その意味がわかるだろう、と。その目は語る。
勿論、その一生を戦いに捧げた男に誇りが解せないわけがなかった。人として生まれ、奴隷の鎖に繋がれて十数年。彼を彼たらしめたのは、他でもない自身への誇りであった。
だが、そこまで通じていながらも、アウグストは首を横に振らざるを得なかった。
「この剣は、俺の砕けた剣の変わりにと陛下から賜ったものだ。もう貴国のものではない。譲渡を望むなら、陛下に掛け合ってはくれないか」
多少語尾から圧を抜き、諭すように語る。
老騎士は目を閉じ、悲しそうにため息をついて、階上に身体を向けた。
「では、替えの剣を用意しましょう。ローゼンデリアの粋を凝らした鋼鉄の剣。3日もあれば貴公の元に届くでしょう」
「……待て、俺の話を聞いていたか?」
「聞いていましたとも。故に」
老騎士はこちらを見ずにただ右手だけを剣の方に差し出した。すると剣は──あろうことか、アウグストの手を離れた。
細剣は鉄格子の隙間をくぐり抜け、スパロフの手に握られる。
「! 魔術かッ!」
鉄格子を掴む。鍵は依然かかったままで、どれだけ力を込めても開くことはない。
「簡単な重力魔術の応用です。皇帝殿には賊が持って逃げたとでも伝えておけばよろしい」
「抜かせ!その前におれの首が飛ぶ!いいからソイツを」
「……全く、少し考えれば分かろうに。貴公は死なんよ」
ため息混じりに男はそう言うと、靴音を響かせながらゆっくりと階上に消えていった。
アウグストは遂に諦めて、血の滲むその手を古錆びた鉄格子から離した。
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