第1話 狭い檻の死闘②

 両者の間に風が吹く。一瞬の静寂の後──細剣を閃かせて、レヴンと呼ばれた男が弾丸のように走った。

 剣先が点に見えるほど正確に目先を狙った構え。警戒し崩剣を構え直すアウグストの予測を越える速度で、その細剣は打ち出された。

 ──捌き切れない。とっさに顔を傾けると同時に裂ける頬。爆ぜる肉に付随して血飛沫が宙に跳ねる。

 ……痛み、これは痛みだ。脳がそれを理解するまでどれくらいの時間があっただろう。少なくとも、レヴンにはその一瞬があれば十分であった。

 淡麗な顔に、ニヤリと確信と確証の笑みが浮かぶ。

 ──かかった。殺せる。レヴンはすかさず剣を引き戻し、崩れた体制のアウグストの左目をめがけて必勝の切っ先を刺し出した──


 直後、鉄が砕けるような音がした。

 目を裂いた手応えではない。まして、頭蓋を貫いた触感でもない。

 二人の目の前には──偶然にも構えられた古びた剣が砕ける様が広がっていた。

 馬鹿な。レヴンは動揺する。一瞬にして空になる思考。完全な運によって捌かれた剣。そして、勝負の命運を決めるのは、単純な場数の差と、胆力だった。


「ガァアッ!」


 獣の如き咆哮と共にアウグストが懐に飛び込む。徒手空拳から繰り出される槌じみた右の拳が、レヴンの左の頬を歪ませ、砕くように振り抜かれた。


「ッゼイ!」


 すかさず左腕が細躯の心臓を打つ。

 大の男一人を宙に浮かせる衝撃が、砂を、土を、岩を伝う。

 それは闘技場の観客達も例外ではない。全身が痺れ、汗が噴き出るような感覚に酔い痴れて、熱狂の波が広がった。

 そんな嵐の前の千鳥の声のような雑音をよそに、アウグストは体ごと吹き飛び、仰向けとなったレヴンの利きみぎうでを踏み、手放された剣を奪って喉元に向けた。


「……運が悪かったな。異国の剣士。俺の勝ちだ」


 地を揺らすような重圧をのせた声が響く。


 ──これを持ち、本日の闘技場における、異国の英雄と闘技場の化け物の、両国親善試合ショーが幕を下ろした。

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