第89話 昼食はおうどんで
屋内フードコートに入っていくと、家族連れで賑わっている。
あ、ちらほらカップルもいるな。
まずは席を確保して……。
それから、フードコーナーへ。
本当は屋外フードコートで、フライドチキンを食べるつもりだったんだけど……。
「私、うどんが食べたい」
舞香の希望で、屋内フードコートのうどんチェーン店に行くことになったのだった。
確かにあそこのうどん、もちもちして美味しいもんなあ。
「お父様が蕎麦党で、お母様はお蕎麦とパスタしか召し上がらないから……実はうどんって全然食べる機会が無いの……」
「あー、なるほど……!!」
米倉家の食卓は、いつもシェフが作ってくれているのだそう。
和食とイタリアンとフレンチがメインだったりするんだろうなあ。
あ、これはあくまで俺の想像だ。
お店は最初に注文。
うどんが湯通しされて丼に盛られたら、それを持ってレーンを歩き、天ぷらを選んでいく。
「わ、わ、どうしよう。どうしよう」
舞香があわあわしていたので、俺はアドバイスすることにした。
「初心者はまず、かけうどんから言ってみてはどうかな」
「かけうどん……! うん、分かった! 量? ええと……中? で?」
中は結構、量があるぞ……!
それなりのうどん玉がごそっと丼に盛られて、目を丸くする舞香。
ほらー。
「おつゆは?」
あ、そっちか。
「出汁って言うんだ。それはね。あっちに出汁が出る蛇口がある」
「蛇口から出てくるの!? 凄い……」
カルチャーショックを受けているなあ。
「それから舞香さん、てんぷらあんまり取りすぎると、満腹で映画を応援できなくなるよ……」
取り皿に結構な量の天ぷらを取っていた舞香。
ハッとして動きを止める。
「取っちゃった……」
「分かった、半分俺が食べる。一緒に手分けしよう!」
「うん!」
ということで、出汁を入れて、お会計。
天かすやネギを入れるときも、ひとしきり考える舞香。
今回はネギのみ、ちょっと多めになった。
二人、向かい合って座って手を合わせる。
「いただきます」
うどんを一口。
しこしこしていて美味い。
「おいひい……」
舞香が微笑む。
可愛い。
彼女は、天ぷらを前にして、ソースと醤油を並べて考え込む。
塩もあるけど……。
「いい天ぷらはお塩で食べるの。でも、これはファストフードとしての天ぷらでしょう? これに合った食べ方が一番美味しいと思うんだ」
「言えてる。俺はソース派」
「天ぷらにソースを!?」
「いけるから」
舞香は頷くと、天ぷらにソースを掛けた。
そして、サクッと食べてみる。
「おいひい」
口元を押さえてニコニコする。
可愛い。
「味が濃いんだね。おうどんはそうでもないのに」
「かけうどんは基本の基本の味だからね」
うどんの話で大いに盛り上がりつつ、俺達の前にあった天ぷら盛り合わせは、みるみる間に消えていった。
俺達、高校生の食欲は大したものなのだ。
「そう言えばさ」
「うん?」
食後のお茶を飲みながら、舞香に聞く。
「クラスの女子達、ダイエットがーとか言ってる娘いるじゃん? あんなに小さいお弁当箱持ってきて。足りるのかなって」
「春ちゃんに聞いたら、放課後にお店でご飯食べてるって言ってたよ? 多分、少食な私、みたいなポーズじゃないかな」
「な、なるほど……。麦野はそこらへん、隠さないで大きい弁当箱で食べてるよね。……舞香さんも」
「だって、お腹すくでしょう?」
そうそう。
舞香の弁当箱は結構大きい。
男子のものと遜色ない。
そこにみっしり詰まった、ご飯とおかずを残さず平らげるのが、米倉舞香という人なのだ。
いつもは取り巻きに囲まれてて、食事風景はあまり見えないんだけど。
「たくさん食べても、見合うだけ運動すれば太らないし。というか、毎日結構ハードだから、しっかり食べないと持たないよ」
「舞香さんは確かにそうだなあ」
純和風美人という外見の彼女だけど、見た目通りのたおやかな人でない事はよく分かっている。
容姿端麗、運動神経抜群という人なのだ。
弱点は無い。
「生半可な鍛え方じゃ、日舞はできないから。だからジムで体をまんべんなく鍛えてるでしょ」
「確かに……!」
「また一緒に行こうね」
いきなり囁かれて、ドキッとした。
不意打ち、ずるい……!
「お、おう!」
食器を戻して、食後に別のお店ではしごする。
ここはアイスクリームの店。
いつだったか、麦野と行った店だ。
むむむ、あれはもしや、浮気的なものにカウントされるのでは?
いや、まだ付き合ってない頃だしセーフ。
「あ、このお店。穂積くんが春ちゃんと行ったとこでしょ」
「うっ!!」
「ふふふ、気にしないで。春ちゃん、実は君のことをちょこちょこ教えてくれてたんだから」
「……そうだったのか」
「そうだよ。私と春ちゃんは親友なんだもの」
なるほど……!
もしかして、俺は舞香と麦野の手の内で転がされていた……?
いーやいや! 考えすぎだろう……!
そして、開演時間までの間、俺と舞香のお喋りはアイスをつつきながら続くのだった。
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