第90話 上映時間

 他愛もないお喋りをしていたら、そろそろ上映時間だ。

 ちなみにこの場合、俺と舞香の他愛もないお喋りとは……。


「そろそろ次回の戦隊のメンバー選考が終わってると思うんだ」


「ありうる。人員構成気になるよね」


「うんうん。今年は女子が一名だったでしょ。最近珍しいよね。でも、ライスジャーが私の中で特別なのは変わらないけど。でも、来年はこれを踏まえて女子が二名になると思う」


「バランス感覚だね。配置もだけど最近はキャラ付けとかも面白いよね」


「そうそう! 子どもが飽きないようにしつつ、大人が見ても納得できる風にしてるもんね!」


「……あ、もう時間だ」



 こんな感じだ。

 全く他愛もない話じゃない。

 熱中してしまっていた……!!


 慌てて、二人で席を立つ。

 ゴミを捨てて、フードコートから映画館へ続く陸橋に出る。


 フードコートはショッピングモールの二階。

 すぐ近くにある陸橋を渡れば、そこがもう映画館なのだ。


 必死に走る俺達、付き合いたてのカップルだろうが、手を繋ぐ余裕などないのだ!

 そして、舞香が速い!


「間に合わなくなっちゃう!! 最初の最初から見たい!」


「うん、分かる!! でもそこから階段だから気をつけて!」


「ありがとうっ! あっ!」


 言ってるそばから、スピードを緩めそこなって一段踏み外す舞香。

 慌てて、俺は彼女を後ろからキャッチした。


 つまり、後ろから抱きしめる体勢になったわけだ。


「うわあー。ありがとう、穂積くん」


「ど、どういたしまして」


 お互い薄着なので、こう、舞香の体温がもろに伝わってしまうというか何というか。


「……きゃっ」


 舞香も今の体勢に気付いたようで、可愛い悲鳴をあげた。

 俺達は階段の上に退避して、スッと離れる。


 その後、


「離れなくても良かったんじゃ……?」


「ほんとだ」


 ハッとする俺達。

 改めて、ちょっと赤くなりながら手をつなぎ、今度は階段を踏み外さないように降りていった。


 結論から言うと、まだ少し余裕があった。

 俺達はパーティポップコーンセットを購入し、ドリンクを選択する。


 そしていよいよ、入場だ。


「楽しみー!」


 舞香がめちゃめちゃ嬉しそうに笑う。

 俺だって嬉しい。

 毎年、ソロで見に来ていたのだ。それがまさか、今年は彼女と一緒に見られるなんて!


 それも、あの米倉舞香だぞ……!

 去年の俺に伝えてやりたい。

 お前の好きを貫き続けた先に栄光があるぞ、と。


 俺達が差し出したチケットを見て、もぎりのお姉さんは一瞬「ん?」と動きを止めた。


 ああ、全く同じ時間に、有名なハリウッド映画も上映するもんな。

 舞香みたいなめちゃくちゃに可愛い女の子が、カップルで見ると言ったら普通はそっちだ。


 だが、俺達は堂々と、特撮ヒーロー映画を見るんだぞ……!!


 周囲は、はしゃぐ子ども達を連れた親子ばかり。

 ないしは、昨年の俺のようなソロや、男同士で連れ立った者達だ。

 ソロ女子もちょっといる。


 色々な人々が、特撮映画まつりを見にやってきているのだ。


 お姉さんはチケットにスタンプを押すと、何かを取り出した。


「こちら、入場者特典です」


 黒いビニール袋に入った小さな何か。

 これ、映画に登場するオリジナルのバトル耕運機のミニバージョンのはず。

 ミニサイズのコンバイナーVに装備させて遊べるんだよな。お得過ぎる。


「ありがとう」


 舞香が優しく礼を言うと、お姉さんが一瞬、ぽーっとなった。

 いかんいかん、仕事に差し支える。


 俺は舞香を引っ張って、中へと入ったのだった。




 特撮映画まつりは、3番シアターで上映だ。

 そこそこの大きさがある。


 舞香とともに取った席は、中央。


 会場内に入ると、薄暗い中、そろそろ予告編が始まるところだった。

 先に座っていた人達にひと声かけながら、前を通らせてもらう。


 中央の席につくと、ポップコーンとジュースの入った容器がセッティングできる場所があった。

 ずれないように、セット、と。


 よーし!!

 ……。


 あれ?

 もしかして、ポップコーンが邪魔で上映中は舞香の手を握ったりできない?


 いやいや、落ち着け稲垣穂積よ。


 お前は特撮映画まつりの最中に、映画の内容よりも女子のことを気にするのか?

 どっちが大事だと思ってるんだ!

 どっちもだ!!


 ならば、映画を楽しむ舞香をフォローするのが大事ではないのか!

 つまり……そっとしておいて、自分も映画に入り込んで楽しむのだ。


 あちこちで、子ども達の歓声や、らいすじゃー!とか叫ぶ声が聞こえる。


 賑やかな上映になりそうだ。


「なんかね」


「うん?」


 舞香がぎゅっと肩を寄せてきた。

 ドキッとする。


「ヒーローショーの時みたい! 映画なのに、みんなライブを楽しむみたいなテンションで!」


「ああ、確かに!!」


 子ども達にとって、映画はライブと一緒だ。

 これはとびっきりのヒーローショーでもあるのだ。


「じゃあ、俺達も子どもに戻って楽しんじゃおう!」


「うん!」


 照明が落ち始める。

 さあ、いよいよ上映が始まるぞ……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る