第77話 石段を登って

 石段を登っていくと、お祭りの喧騒がちょっとずつ離れていく感じがする。

 ここから先に屋台は無いし、明かりだって最小限だ。

 だから、花火を見るための絶好のスポットとも言える。


 普段の夏祭りなら、結構な数の人が石段の途中にいるはずだ。

 だけど、周囲にも見上げる先にも、人の姿はなかった。


 偶然だろうか。


 俺も舞香も下駄だから、石段はちょっときつい。

 足を踏み外さないように、並んでちょっとずつ登っていく。


 なぜだか、二人とも無言だ。

 

 俺は何を言ったらいいか分からない。

 ここで色々屋台の話をしたりというのも、なんか上滑りしそうだし、かと言って今の沈黙は……うーん。


 ちらりと舞香を見てみた。

 すると、彼女も俺を見ていた。


「あっ」


「あっ」


 互いに慌てて、目を逸らす。

 うおー、なんだ今の!


 同じタイミングでお互いを見てた?

 いや、舞香がずーっと俺のことを見てた?


 どっちなんだこれはー。


 悩んでいたら、横で「あっ」と声がした。

 石段の一部が欠けてたようで、舞香が足を引っ掛けたみたいだ。

 ふらついていたので、俺は慌てて彼女の手を握った。


「危ない! ……大丈夫?」


「う、うん、大丈夫」


 ぎゅっと、彼女が手を握り返してきた。

 蒸し暑い夏の夜なのに、舞香の手が温かいと感じる。


 俺は彼女の手を引いて、一段一段をゆっくりと上がり始めた。

 すると、下からそよ風が吹いてくる。


 何だと思ったら、舞香がうちわで俺を扇いでいた。


「あれ? そのうちわ」


「お面屋さんで売ってたの。ライスジャーうちわ」


 多分、明らかに非公式だろうなといううちわだ。

 ライスジャーのそれっぽい画像が、白いうちわにプリントされている。


「穂積くん、汗かいてたから」


「ああ、いや、ほら暑いし」


 緊張混じりの冷や汗とか、これからのことを考えた時の脂汗とか、色々混じってる気はする。


「でもありがとう。てか、舞香さんも汗かいてるじゃない」


「え、そう!? 制汗スプレーしてきたのに……」


 急に慌てて、自分の頬を触ったりする舞香。

 この蒸し暑さだ。

 汗をかくなという方が無理だろう。


「大丈夫、においとかしてない」


「かいだの!?」


「かいでない!」


「そ、そう。よかった」


 なんでホッとしてるんだ。

 あと、俺の返しもどうなんだよ……!


 石段を登るだけで一苦労だ。

 そもそも、ここはなんでこんなに階段が多いんだ。


 ちょっとしたビルくらいの高さまで、石段を登っていくことになる。


 元々、社は山の上に建てられていたらしい。

 昔はそこまで、山をぐるりと巡っていっていたらしいのだけど、江戸時代になってから石段を作って、街から直で行けるようにしたのだとか。


 ただの東海道の宿場町でしか無かったこの街は、その頃から栄えだした。

 今ではちょっとした大きさの都市になっているけれど、案外、参拝者の増えたお社の御加護だったりして。


 ようやく、社に続く鳥居が見えてきた。

 最近再塗装がされて、鮮やかに赤い小ぶりな鳥居だ。


「あと少しっ」


「うんっ」


 二人で声を出し合って、一歩一歩進む。

 そして、ようやく……。


「とう……ちゃーく!」


 最後の一歩を踏み出すと、俺は盛大に息を吐いた。

 舞香も膝に手を付いて、ぜいぜい言っている。


 履き慣れない下駄で石段登るのはやばいなあ。

 カップルたちが今まで、石段の途中で立ち止まって花火見てた気持ちがよく分かった。


 気がつけば、下の方でパラパラとカップルが登ってくる。

 だけど、誰一人として石段は上りきれず、途中で立ち止まって腰掛けたりしている。


 ある意味賢明だ。


「暑いねえ」


 舞香が笑いながら、うちわでぱたぱたと仰いだ。

 いい風が送られてくる。


 すると、俺達の後ろから、びゅうっと強い風が吹いた。


「うわー!」


「ひゃー」


 背中を煽られる。

 涼しい!


 振り返ったら、古びたお社がそこにあった。

 石段を登りきったご褒美みたいなものだろうか?

 いやいや、まさか。


「あ、手」


「ん? ……あっ、そっち、私がラムネこぼした方……」


 そうだった。

 そもそも舞香の手を洗うためっていう口実で上がってきたんだった。


 なのに、二人で手がベタベタになってどうする。


「手を洗っていこうか」


「そうだね。手水場はあれ?」


「そうそう」


 水の湧き出る、石の台。

 柄杓を使って、お互いの手に水を掛ける。

 手を洗い、口をゆすいで。


 二人並んでお社の前。

 ライトアップはされているけれど、屋台が立ち並ぶ境内と比べるとどうにも地味だ。


 俺達はお賽銭を投げて、鈴緒を振って鳴らす。


 ええと、柏手を二回して……だっけ?

 曖昧だ。


 手を合わせて、目を閉じた。


 確か神社は、お願い事をするところじゃなかったはず。

 これから、◯◯をやります、と宣言し、見守ってもらうところなのだ。


(稲垣穂積! これから、米倉舞香に告白をします!! 見守っててください!!)


 心のなかで、俺は叫んだ。

 目を開けると、社の扉が少しだけ開いている。

 奥は真っ暗で何も見えない。


 だが、俺の祈りはちょっとだけ、聞き届けられている。そんな気がした。


 さあ……やるぞ……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る