第76話 迫る、その時

 ヨーヨーつり、辛勝……!!

 なんとかヨーヨーを一個だけ釣れた俺は、面目を保つことができた。


 舞香はチープなヨーヨーを指に通して、嬉しそうにぽんぽんしている。


「こういうの初めて。ううん、穂積くんと体験すること、どれもこれもみんな初めてかも」


「うん、俺も喜んでくれる舞香さんを見てると嬉しくなる。次はどうしよう?」


「ええとね、ええとね……」


 舞香が子供みたいに目をきらきらさせて、並ぶ屋台を見回す。


「あれ!」


 射的だ!

 こ、これは自信ないぞお。


「私、ハワイで射撃したりよくするから」


「あっそうでしたか……!」


 そこは慣れている人にお任せしよう。


 コルク銃を受け取った舞香が、非常に手慣れた動きで狙いを定めている。


「……あれ? 米倉さんと……稲垣くん?」


「うおっ!」


 後ろから声を掛けられて、俺は跳び上がるかと思った。

 そこには、クラスの女子が三人いる。

 普段は地味めな感じの彼女たちだが、浴衣姿になるとなんだか華やいで見えるな。


「意外な組み合わせ……」


「……でもなくない? 最近、米倉さん、稲垣くんと仲いいでしょ」


「ははーん、やっぱり二人はそういう関係だったんだねえ」


「い、いやー。今はそういう話は、な?」


 俺は内心冷や汗をかいていた。

 告白前にそういう事言うなよー。

 舞香も射撃に集中できなくなるだろうし。


 だがそんな心配はいらなかった。


 ポンッという小気味いい音がして、一番小さい景品が倒れる。


「当たりー! お嬢ちゃん、凄い腕だねえ……。おじさん、商売あがったりだよ」


「いえ、コルク弾の特性が掴めるまでに二発使ってしまいましたから、私もまだまだです」


 弾数は五発。

 うち二発で弾の重さ、飛距離、弾道を把握した舞香は、残る三発で3つの景品をゲットしたようだ。

 そして射的に集中していたので、背後の話なんか全く耳に入っていなかったのだ。


 ありがたい……。


 女子達は、舞香の絶技に感心している。


「米倉さん、射的も凄く上手いのね……」


「そんなに上手いなら大きい的を狙えばよかったのに」


 これには、舞香がごく冷静に応じる。


「コルク弾の威力では落ちないと思うの。だから、落ちるもの、そして台に固定されていないものを狙ったの」


 屋台のおじさんがギクッとした顔になる。

 ははーん。

 高価な景品は、台に固定して落ちないようにしてあるんだな。


「でも、固定されているものも五発全部を連続で当てれば落とせるから、フェアだと思う」


 舞香基準だ……!

 これには屋台のおじさん、ホッとした顔。

 その後、舞香は女子達とちょっとしたお喋りをし、そして別れた。


「じゃあ、お邪魔しちゃ悪いから……」


 凄い笑顔で、女子三人が遠ざかっていく。

 あれは、夏休み明けに俺達の噂を広める顔だ。

 だがその頃には、俺と舞香の関係にはある程度の形ができあがっているのだ!


 今日の告白でな……!

 あいたたた、胃が痛くなってきた。


「穂積くん大丈夫? 顔色悪いよ……?」


 至って健康なんだけど、この後のことを思うとお腹が痛いです……!


「だ、大丈夫」


「そこのベンチで待ってて。私が飲み物買ってくる。ちょっとゆっくりして行こう?」


「あ、ありがとう」


 舞香に気遣わせてしまった。

 彼女は屋台で、おすすめされたラムネを買ってきている。

 これまた、飲み方にコツがあるものを……。


「はい。……この瓶、中にビー玉が詰まってるのね。変わった構造だね。なるほど、これで密封してるんだね……」


 舞香が瓶を傾ける。

 ラムネは出てこない。


「どうやって飲むの?」


「見てて」


 俺はラムネのフタを、瓶の口に強く押し当てる。


「フタがビー玉を押すようになっててね。こう!」


 スポンっと小気味いい音。

 溢れ出すラムネの泡。

 俺は素早く瓶に口をつけると、ごくごく飲んだ。

 うめえー!


「なるほど! おもしろーい」


 舞香が微笑みながら、俺の真似をする。

 ぽんっと音がして、ビー玉は瓶の中へ。

 そして溢れ出すラムネ。


「あれ、あれあれあれあれ」


 しゅわしゅわ溢れてくるラムネに、舞香はちょっとしたパニック状態だ。


「飲んで、飲んで!」


「び、瓶から直接飲んでいいの?」


「そういうものだから!」


「う、うん!」


 彼女は瓶に唇を押し付けて、ラムネを飲んだ。

 舞香の真っ白な喉が動く。

 きれいだ……!


「ぷはあ……。甘い……あと、炭酸すごい。いつも飲んでる炭酸水はもっとまろやかなんだけど」


 お高い炭酸水の話をしてるな……?


「立ったままもあれでしょ。舞香さん、こっちにどうぞ」


「あ、う、うん!」


 俺の隣に、彼女は腰を下ろした。


「手がベタベタになっちゃった」


 そう言って、すぐ近くで彼女が笑っている。

 ラムネに混じって、舞香のいい匂いがした。


 むむむっ……。

 幸福を感じる……。

 いつまでも、二人で並んでのんびりしていたい。


 だけどそうはいかないのだ。


 花火の時間が近づいている。

 俺は彼女に声を掛けた。


「石段の上に手水ちょうず台があるから、ちょっとだけ手を洗わせてもらおうか。神様には申し訳ないけど」


「そうだね。ここって神社だものね。手を洗わせてもらって、お賽銭を入れて行きましょ」


 彼女が頷く。


 さあ、目的地まであと少し。

 告白の時間まであとちょっと。


 

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