第75話 今来たところ
空はまだまだ明るいけれど、時間はもう夕方。
昼間の灼熱はまだ残っていて、むっとするような熱気が辺りにたちこめている。
持ち物確認。
財布、スマホ、母が持たせてくれたペットボトル入りのポーチ。
……。
ポーチだけ見た目からして余計なんだけど。
まあ、熱中症で倒れたら元も子もないしな。
ぶらぶらと道を行くと、浴衣姿の女子が目立ってくる。
男はあんまりいないな。
……俺、目立ってたりする?
そんな事を考えながら、目的地に到着だ。
うちからちょっと歩いたところにある、駅にほど近い神社。本堂は長い階段を上がったところにあって、鳥居をくぐった参道も長い。
で、この長いスペースにたくさんの屋台が出ている。
鳥居の近くには、人を待つ姿が幾つも。
さてさて、俺の待ち人は……。
……もういた。
紺の上質な布地に咲く、赤い撫子の柄。
パット見で凄くいい浴衣だと分かるそれを身に着けているのは、真っ白な肌の女の子だ。
むしろ、浴衣が存在感で負けている。
赤いかんざしを付け、髪をアップにした彼女。むき出しの首筋の白さがすごい。
切れ長の目はちょっと地面を見ては、時々周囲を見回している。
ちょっとだけお化粧をしてるんだろうか。
いつも綺麗だけど、今日の彼女はいつにも増して……。
米倉舞香。
彼女は、完璧だった。
舞香の周囲には、声をかけようとしてかけられない男達がいた。
何ていうか、舞香の存在感に圧倒されてたみたいだ。
あと、声を掛けたらどこかに潜んでいるSPがその男を連れていきそうな気がする……!!
「舞香さん!」
俺が呼びかけると、彼女が顔を上げた。
ちょっと憂いがあるような表情が、ぱっと明るくなる。
笑った。
ドキッとする。
「ま、待った?」
「ううん」
舞香は小走りで寄ってくる。
カラコロと、可愛らしい下駄の音がする。
「今来たところ」
「そっか。……なんか、このやり取り久しぶりな気がする」
デートかっ。
……いや、デートだ。
「今日は十分じゃないよね?」
くすくす笑う舞香。
「もちろん。十時間くらいでもいいんだけど」
「夜が明けちゃうよ」
何となく、どちらともなく、歩き出す俺と舞香。
ここって学校の最寄駅にも近いから、クラスメイトにも見られるかもしれない。
だけど、それはもうどうでもいい。
目標が達成できたら、本当に気にしなくてよくなる。
失敗したら、そこで終わりなのだ。
「あ、えっと……」
舞香との距離を測りかねる。
境内は結構な人混み。
はぐれてしまいそうだ。
「舞香さん、手を……」
「う、うん!」
俺が手を差し出したら、舞香はぎゅっと握ってきた。
温かい。
ちょっと汗ばんでいる。
「ほ、ほら、射的! くじ引きもある!」
「う、うん! そうだね!」
むむむっ。
俺達の会話、なんかぎこちなくないか?
プライベートビーチの時は、もっと自然に話せてたような。
ちらりと横を見たら、舞香がじーっと俺を見てて、目が合ってしまった。
「あっ」
「あっ」
お互い、慌てて目をそらす。
「ど……どうしたの?」
舞香の問いかけ。
「や、あの。ほら、そっちにりんご飴が売ってるから買おうかなって」
「うん、いいね。いいと思う、りんご飴! ……りんご飴?」
おや、舞香は知らないみたいだ。
そう言えば、ファストフードのお店にも行ったことが無いようなお嬢様なんだった。
ここは俺が色々紹介して回らなくちゃ。
「小さいりんごを、飴でコーティングしたお菓子なんだ。縁日の定番だよ」
「そうなんだ……。私、こういうところ来たの初めてだから」
だろうなあ。
一個買って、舞香に差し出す。
「どうぞ」
「えっ、じゃあ、あの、お金……」
「いいのいいの! 舞香さんにはいっつもお世話になってるし」
「そ、そう? それじゃあお言葉に甘えて」
りんご飴を口に運ぶ舞香。
ぺろりと舐めるのが、何とも言えず色っぽく見える。
「……普通のべっこう飴の味」
「そりゃ同じものだからね……」
ごく冷静な返答が返ってきたぞ。
「でも、特別な味かも」
「え?」
「なんでもない! 穂積くん、色々教えてね? 私何も分からないから、お店を全部回ってみたいの」
「ああ、もちろん! じゃあ次は射的にする? 金魚すくいにする?」
「じゃあ……これ! なんだか可愛い」
舞香が指差したのは、ヨーヨーすくい。
カラフルな水入りゴム風船が、屋台の水槽をぐるぐる回っている。
考えてみれば、これも原価安いよなあ。
ゴム風船と輪ゴムだもんなー。
だがしかし、舞香のお望みとあれば、俺はこのヨーヨーだって全力ですくって見せましょう!
腕まくりをしつつ、負けられない戦いに挑む俺。
これが告白の前哨戦だ!
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