第74話 夏祭り、始まる

 ついに来てしまった……!

 今日は、朝から快晴。

 天気予報でも、夜まで快晴……ただし、夕方にちょっとした夕立の可能性。


 本番は夜からだけど、既に午前中からお腹が痛い。

 うおお、俺、やれるのか。

 本当にやれんのか。



トゥモロー『おっす穂積クン!! 今日だな! がんばだぜ!!』


むぎゅ『おら稲垣くんちゃんと決めろよー!見てるからなー』


 トモロウと麦野から応援メッセージが届く。

 見てるなよ、麦野!!


しゅんぎく『いよいよだねえーお姉さんは少年の頑張りに期待しているよ。舞香さんのさいごの殻を破るのは君にしかできない仕事だ』


 芹沢さん、グッとくるメッセージだなあ。

 さすが、一番最初に事の相談に乗ってくれたお人だ。


「やだー。もう勉強やだー……」


 毎朝呻いている穂波を見ると、緊張している心持ちもちょっと軽くなる。


「ちょっと穂積くん、かわいい妹が受験勉強の苦しみを訴えてるんだから慰める言葉くらいかけてよ」


「すまんな。俺も余裕がないんだ。俺、今日告白するんで」


「!?」


 穂波が目を見開き、俺を凝視した。

 そして首を傾げて、もう一度俺に問う。


「え?」


「告白をする……。夏祭りで、二人とも浴衣で、花火が打ち上がるタイミングで告白する」


「うおあああ────っ!!」


 穂波が叫びながら床を転げ回った。


「にくい! リア充がにくい!! 受験勉強なんかなくなってしまえ! 受験なんか世界から消えて無くなってしまえばいいんだーっ!! あたしだけなんでこんな苦しみをー!」


 相当溜まってるなあ。

 でも、受験勉強は年明けまで続くぞ。

 俺も通った道だ。穂波には頑張ってもらいたい。


 俺は声には出さず、妹を応援した。

 穂波に何もかも話してしまったら、気持ちがすっと楽になる。


 やっぱり、声に出して吐き出すのも大事だな。


 のたうち回る穂波を見て、仕事の休憩モードになった母が微笑む。


「穂波。受験や受験勉強がなくなっても、あんたに素敵な彼氏がやって来るわけじゃないのよ」


「や、やめてお母さん! 苦しむ娘に追い打ちするのやめて!!」


「やめて欲しかったら夏期講習行きなさいな。こっちは受講料払ってるのよ! 元取って来て!」


「うえーん」


「朔太郎さんはサラリーだけど、お母さんは出来高制なんだからね。あなたに払った受講料が、お母さんが心血を注いで生み出したお金なのよ」


 うちの母はフリーランスというやつで、いつも仕事部屋でPCをいじっている。

 どうもこの人……デザインっぽい仕事をしてるのだけどよく分からない。


 いつも3Dの風景画像みたいなのを作って、ネットを介してどこかに収めているみたいだ。


『稲垣さんの背景ほんとに精度高くて助かる……! さすがスーパーアシスタント……!』


 なんて話が聞こえたことはある。

 何のアシスタントなんだ……。


 穂波がぶうぶう不満を言いながら出発したので、我が家には俺と母だけになった。


「夕方が本番なんでしょ? 昼寝でもして英気を養っておいたら?」


「なんか気が昂ぶって寝れないんだ」


「ふーむ、じゃあね……。浴衣着て見せてよ。ここで何回か練習していくの。無心になればちょっとは楽になるんじゃない?」


「なるほど!」


 それはいい提案だ。

 俺は浴衣を取り出してきて、着付けを思い出しながら身に纏う。

 ちょこちょこと、母のチェックが入る。


 彼女が手にしているタブレットで、着付けのやり方の動画が出ているようだ。

 それを参照しながら、母が俺の帯の締め方とかを指差し確認する。


「うーん、我が息子ながら、様になってるじゃない。それにしてもいい浴衣ねえ……。ほんとにこれもらっちゃって良かったの?」


「うん、なんかこう、米倉からのお給料の一部だって」


「現物支給かあ……。それにしたって、結構なお値段でしょこれ」


「芹沢さんが、普通に買ったら二桁万円コースだって。そのさ、この柄が俺用に作ってくれたみたいで」


「ひえーっ」


 母が大げさに悲鳴を上げた。


「そんなのくれるなんて。あとで清香さんにお礼言っておかなくちゃ。あんたどれだけ期待されてるのよ。この後もインターンあるんでしょ?」


「い、一応……」


「ビシッと決めてきなさいよ。私が朔太郎さんに告白プロポーズされたときだって、へんてこな告白だったけど……なんとなくそういう雰囲気は感じて、ガチガチに緊張してたもの」


「される側も緊張するの? っていうか、なんでプロポーズされるって分かったんだ?」


「普通じゃない空気のときってあるの。付き合いがあれば、何となく察しちゃうものよ。だけど、これは朔太郎さんが緊張を粉々にしてくれたから」


「ああ、例のプレゼン!」


「そうそう! もう、あんたは何かの芸人かー! って思ったわ。だけど、あまりにも面白くって、笑いが止まらなくて、それでOKしちゃった。もちろん、最初から私の気持ちはOKだったけど」


 告白は確認作業。

 トモロウの言ってた言葉が理解できる。


 俺は舞香と、どれだけの事を積み重ねてきただろう。

 告白が確認作業になるくらい、二人の仲を深められただろうか。


 母ととりとめもない話をしていたら、ゆっくりと日が暮れてきた。


「時間が近いんじゃない?」


「うん。そろそろだ」


 俺は深呼吸して立ち上がる。


「穂積ならいける! 絶対いけるからね! ま、気を楽にして行ってきなよ! 当たって砕けろ!!」


「砕けたくないんだけど!?」


「あ、ごめん」


 母が笑った。

 トモロウは、砕けろって言葉は一度も使わなかったな。

 みんな俺の勝利を確信してる?


 まさかな……!


 こうして、俺にとって運命の夜がやって来るのだ。

 いざ、夏祭り!

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