第78話 君のことが好きです
「舞香さん、こっちで見えるよ、花火」
まだ花火が上がる時間じゃない。
そのはずだ。
スマホで時間を確認したいけど、今取り出して見るなんて、雰囲気が壊れる気がした。
「うん……!」
舞香は、なぜだかちょっと緊張した顔。
笑顔は浮かべているけれど、いつものリラックスした時のものじゃない。
でも、そんな彼女も可愛いと思うのだ。
小さな鳥居の下で、石段に並んで境内を見下ろす。
縁日は盛り上がっていて、わいわいと人波で溢れていた。
だけど不思議と、誰も石段を登ってこない。
どうしてだろう?
さすがに、誰か一人くらいは登ってきてもいいものなのに。
「どうしたの?」
「あ、ううん、なんでもない!」
いけないいけない!
舞香が隣にいるのに、他のことを気にしててしまった。
ええと、周りに誰もいないなら、言うべきことを告げるのは今がいいんじゃないだろうか。
俺はちょっと大きく息を吸って──いやいや、ちょっと待て。
なんかこう、いきなりここで告白ってどうなんだ?
もっと……花火が上がっている中でとか……。
それは俺の声が聞こえなくなってしまうか。
むむ、むむむむ……。
「ふふふ……」
舞香が笑い出した。
「穂積くん、なんだか顔がくるくる変わって面白い。今日はどうしたの?」
「いや、そのどうしたっていうか、うーん。んんっ、もういいや! 話をしよう、舞香さん!」
「お話? いいよ? 何の話……あっ」
俺と彼女は顔を見合わせ、声を合わせた。
「チョウリュウジャー!」
ライスジャー最後の追加戦士、チョウリュウジャー。
まさかというか、やっぱりというか、コウガイ帝国の食客サフランキッドがその正体だった。
コウガイ帝国に協力すると見せかけて、ライスジャー最大のピンチでその素性を明かしたのだ。
「凄く……凄く良かったねえ……。グランドトラクターが出てきて、グランド合体が!」
「グランドコンバイナーⅤ! 今までのユニットが全部出てきての、十体合体!!」
「うん、うん!! 燃えたぁー!」
舞香が元気よく、拳を突き出した。
こうして話していると、彼女と最初に出会った頃みたいだ。
米食戦隊ライスジャーへの愛を叫んだ彼女と、それに頷いた俺。
四ヶ月前に何もかも始まって、それで色々なことがあって……。
つい昨日のようにも思えるし、ずっと昔のことだったようにも思う。
俺の気持ちはあの時から随分変化しただろうか。
いや、最初から、舞香のことはほんのり好きだったんじゃないだろうか?
だって、特撮の話をこんなおおっぴらに語り合える女の子って、初めてだったし。
彼女がクラス一だって言われてる美少女だったとしても、例えそうでなかったとしても、俺にとって特別何は変わらなかったと思う。
そうだ。
俺は、米倉舞香だからいいんだ。
「チョウリュウジャーの変身がね。コダイジャーのクール系とは全然違ってて、練習したんだけど」
「おお!! 舞香さんのチョウリュウジャー! 見せて!」
「うん!! 見てて、私の、変身!」
ビシッとポーズを決める舞香。
浴衣姿だっていうのに、俺は一瞬、そこにチョウリュウジャーの姿を重ねてみてしまった。
完璧なモーション。
大振りで、まるで、敵の中にいる間もずっと燃えたぎっていたチョウリュウジャーの怒りの心のような、パッション溢れる変身アクション……!!
「クックオーバー! チョウリュウジャー!!」
サフランの香りを纏う、異国の戦士……!
黄色のスーツが追加戦士だなんて初めてだ!
彼の登場は、ライスジャー序盤から噂されてきた。
意図的と思われる内部リークがあって、戦隊は最後に五人になること。
そして、それぞれがモチーフとしたお米にちなんだドラマを展開することが分かっていたのだ。
だけど、分かっていたって熱いものは熱い!
例え今夜が蒸し暑い熱帯夜だって、それ以上に熱いのだ!
「チョウリュウジャー!」
俺は舞香に呼びかける。
番組の中で、チョウリュウジャーの名を読んだのは、ハクマイジャーだった。
俺と舞香にとって、特別なヒーロー。
「君を待っていた!」
ハクマイジャーはそう言った。
そして今、それは俺の偽らざる本心だ。
俺は、君と出会えるのを待っていたのかも知れない。
「うん……!」
頷いたのは、チョウリュウジャーじゃなくて米倉舞香。
そこで───。
ヒューッと風を切る音が上がっていく。
光の帯が登っていき、星空に明々と大きな花が咲いた。
花火が始まった!
予定よりちょっと早い……!?
なんてタイミングだ。
「米倉、舞香さん!!」
「はいっ!」
「お、俺は、俺は────君が、好きです!!」
また、花火が上がった。
続けて、もう一つ。
次々と上がる花火で、空が明るく照らされる。
境内から歓声が上がる。
「──────っ!!」
花火の輝きの下、舞香は目を見開いて、目をしばたかせて、慌てて目をこすって、それからいつもの眼力がある彼女になった。
「わっ」
いきなり凄く強い一言目が来た!
「私も、穂積くんが好きなの────っ!!」
花火に負けない、それは大きな声だった。
ビリビリと来た。
鼓膜だけじゃなくて、なんだかハートの方まで響いてきた。
ああ、そうだ。
これは、彼女がハクマイジャーを好きだって言った、あの時と同じなのだ。
「ハクマイジャーと同じくらい……?」
「穂積くんは私にとってのハクマイジャーだもの。でも、ハクマイジャーな上に穂積くんなんだもん。だから、ハクマイジャーよりも、ちょっぴりだけたくさん……好きです」
「うん」
胸がいっぱいになった。
やばい。
なんだか泣けてきそう。
こうして俺、稲垣穂積は、クラス一の美少女で、米倉グループの社長令嬢で、そしてとびきりディープな戦隊モノオタクな彼女、米倉舞香と……恋人になった。
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