第70話 ダメ先輩と男の話

 告白……告白……。

 舞香に告白……。


 俺は夏祭りまでの日を、ずっと考え込みながら過ごしていた。


「いやいや、告白って言ってもな。いきなりそんな事してドン引きされないか? ほら、今まで友達だとしか思ってなかった奴から告白されて、キモいってなるようなパターンとか多いわけじゃん」


 ここは昼間の繁華街なんだが、ぶつぶつ呟く俺の姿はさぞや危ない感じに見えるんだろう。

 みんな、そっと道を空けてくれる。


 いかんいかん。

 俺がキモくなってどうするんだ……!!


「やるしかないだろ、告白。それで舞香との関係がなくなるとしても……なくなるのは……いやだなあ」


 あ、いかん。

 やる気になろうとしたら、またしょんぼりしてきた。


 ちょっとコーヒーショップにでも行って、シロップ山盛りのカフェオレを飲もう。

 そんな風に考え、俺は行きつけの店に足を向けた。


 すると……。


「さいってー!!」


 ばしーんっ!!


「!?」


 俺の目の前で、女子に頬を張られる男がいた。

 女子は涙目になって、何かを男に向かって言っている。


 男は女子に謝っていたようだが、その後、女子をそっと抱きしめてなんかいい感じで話がまとまったようだ。

 そのまま二人は、人混みに消えていく……訳ではなかった。


「ううっ、叩いてごめんねトモロウくん……! でも、あなたが一番あたしを思ってくれてるって分かったから、あたし、いつまでも君のこと好きだよ!」


「ああ、俺のことを信じて! バイト頑張ってね」


 男は女子を見送った。

 そして、女子の背中が見えなくなると、はーっとため息をつく。


「いてーっ。本気で叩きやがったな。まずったなあ。二股がバレるとはなあ。本当は三股だけど」


 彼はくるりと振り返り、俺と同じコーヒーショップに入ろうとした。


「あ」


「お」


 目が合う。

 その男は……終業式で舞香に告白し、一本背負いされたプレイボーイ、水田トモロウだったのだ。




「なあなあ、君さ、米倉舞香といつも一緒にいる人じゃん」


 何故か今、俺は水田トモロウ……一応ニ年生なので先輩と、隣り合ってカフェオレを飲むことになっている。


「あれ、よく君彼女といられるなあ。凄いなあ。なんで間が持つの? 彼女凄くない? 明らかに他の女子とオーラが違うっしょ」


「ええ、まあ。オーラは確かに違いますね」


 そこは同意しか無かったので、俺も頷いておいた。


「やっぱりー! 俺さ、何人も付き合ってきたけど、ああいう女子初めてなんだよね。で、俺って今まで告白は百発百中でさ」


「へえへえ」


 自慢話かよ、と思って聞き流す体勢の俺。


「君さ、名前なんての?」


 突然名前を聞かれた。


「稲垣……穂積です」


「そっか。俺、水田トモロウ。名前カタカナなのは、トゥモローだからなんだって。笑っちまうよな」


 けらけら笑うトモロウ。


「あー、俺のことはいいや。稲垣くんさ、告白ってどうやれば絶対成功すっかわかる?」


「はい? 絶対成功!?」


 これは、ちょっと俺が気にしている話題だった。

 絶対に成功する告白があると言うなら、それは知っておきたい。

 話し手が例え、このトモロウであっても。


「うんうん。あのさ、告白ってのは結果の確認なの。いきなり告っても絶対アウトなわけ。それまでに、勝負は決まってんだよ」


「へえー。……あれ? だとすると」


 いきなり舞香に告白してきたのは、目の前の男ではないか。


「あ、もしかして見てた? うわー、超ハズいんだけど! いやさあ、俺、女子を惚れさせるのは得意なのね。んで、いい感じに持っていって、そこで告白して付き合っちゃうわけよ。だから、まずは狙いを定める。こうやって」


 望遠鏡で覗くようなジェスチャーをするトモロウ。


「狙いを定める、ねえ」


「そそ。いけそうな相手を探すのね。誰にだって絶対隙はあるわけよ。俺はそいつを嗅ぎ当てる鼻は鋭いの。回数やって来たからね。コレは経験からくる勘」


 そこまで言ってから、トモロウはアイスコーヒーをずびずび飲んだ。


「夏の冷コー超うめー……。稲垣くん大丈夫? 俺の話つまんなくない?」


 あれ?

 なんか気を使われてる。


「いや、あの、なんていうか興味深いです」


「わっはっは、興味深いね! よっしゃよっしゃ。あのさ、女子によって難易度はあんの。究極的には誰でも落とせる可能性はあんだけど、基本はその子と友達の関係とか見んのね。よっぽど変なのは本気でやばいからパス。ぼっちは俺のほうが周囲から見られる目があるんで、パス。そこそこ社交的で、あんま仲間の輪の中心にいないような子。そこが狙い目でさ」


「狙い目……」


「そ。みんなね、誰だって特別になりたいわけよ。でもそんな才能ねえし、度胸もねえっしょ。だから、こっちから◯◯って特別じゃん? みたいな風に持ってくわけ。話しかける話題なんかなんでもいいんだよ。そこら中に転がってるもん。で、仲良くなって、飯食ってカラオケ行って……いい感じになったら告る。これで一発よ」


「へえー。なんていうか、水田先輩、計算してるんですね」


「当たり前。失敗しないためにはデータよ。だから俺は絶対無茶はしないの。……しないはずだったんだけどなあ……」


 トモロウがしおしおっとなった。


「あー、どうしたんすか先輩」


「俺さー。一目惚れって初めてでさー。舞い上がって思わずやっちまったんだよなあ。そのさ、廊下で声かける勇気がなあ」


「えっ、舞香のことですか!?」


「えっ、名前で呼べる関係なの!? そうかー。俺、最初から脈無かったんだなあ……ってか、いきなり告るとかクッソキモいし、絶対成功しないっての」


 なるほど……!

 この人、舞香のこと本当に好きになってたんだな。

 そして、舞香つながりで俺に声を掛けてきたんだ。


「稲垣くんさ、君もしかして、米倉さんに告ろうとしてるっしょ?」


 俺、一瞬息が止まる。

 こ、こいつエスパーか!?


「いや、めっちゃ顔に出てるって。だと思ったんだよ。だから俺は、君に声を掛けたんだ」


「なんで俺に……?」


「彼女さ、ヒーローショーって言ったじゃん。俺が知らない世界にめっちゃくちゃハマってて、それは俺が知ってるどんな楽しいことより上だってさ。で、君が彼女と親しいのって、あれだろ? そのヒーローショーを知ってるんだろ?」


 トモロウの目が鋭くなった。

 こいつ、ただのチャラ男じゃない。

 うちの学校に入れるくらいだ。間違いなく頭はそれなりにいいのだ。

 見くびってた……!


 俺が身構えたら、トモロウの顔がふにゃっと緩んだ。


「すげえー。あの米倉舞香さんと一緒にいれるとか。告るレベルになれるとか、マジリスペクトするんだけど……!! 俺、年下でもすげえやつは尊敬することにしてるんだ、稲垣くん!!」


 俺の手をガッと握るトモロウ。

 なんだ!

 なんなのだー!?


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