第69話 さらばプライベートビーチ
二泊三日のプライベートビーチ暮らしが終わった。
二日目がまるまる雨だったのは残念だったけれど、一日中舞香と過ごせたのは良かったなあと思うのだ。
「じゃあね、穂積くん!」
「じゃあね、舞香さん。今度会うのは……夏祭り?」
「だと思う。色々忙しくなりそうで……。でも、夏祭りは絶対行くから! 気合い入れて着付けして行くからね!」
舞香が可愛らしいガッツポーズを見せた。
「期待してます!」
「あら、穂積くんも浴衣着るんだからね? 先生も張り切ってるし」
あ、そうだった。
舞香の日舞の先生が、俺に浴衣の着方を伝授するつもりらしい。
しかし、この滞在期間の間に、舞香との距離は間違いなく縮まった。
お互いを名前で呼びあえるくらいには。
俺は凄く嬉しいんだけど、舞香はどうなんだろう。
悪く思われてはいないと思うんだけど。
俺もどうやら彼女のことが好きだって自覚が出てきたので、いつかはこの思いを打ち明けなくちゃなと思っている。
だが、目の前で振られたあの水田トモロウ先輩の姿を見ているとなあ。
告白すると、人間関係が全然変わってしまうものな。
頭の脇でそんな事を考えつつ、舞香に別れを告げる。
マイクロバスは走り出し、俺達を家へと送り届けるのだ。
今日はなぜか、座席に芹沢さんもいた。
「いやあ、のんびりしたのんびりした。こんな仕事で特別手当が出るんだから、楽なものだわ」
「そうなんですか」
「そりゃそうよ。だって、私と榎木、24時間拘束されてるんだもの。かなりの額の手当がもらえてホクホクだよ。ねえ榎木」
「私は緊張で明け方まで眠れなかったりしたんですけど」
「あなたバイトなんだから、そこまで気負わなくていいんじゃないの?」
「私は先輩と違って常在戦場とか無理ですから! 凡人は気を張ってないといけないんです!」
榎木さんも大変だなあ……。
しかし芹沢さんが常在戦場って。
そこへ、スススっと秋人さんが寄ってきた。
「ちょいと芹沢さん」
「あら、なんですか秋人さん」
「榎木さん、フリーなんですか」
「フリー……だよね、榎木?」
「気が散るんであまり話しかけないで下さい! 何がフリーなんですか!」
「彼氏いるのって話で」
車がちょっと蛇行した。
やばい。
「別にどうでもいいじゃないですか!」
「フリーだって」
「人のプライベートを話さないで下さい!」
「そっかー。むふふ」
秋人さんが不敵に笑っている。
すると、麦野が秋人さんの耳を引っ張った。
「お兄ちゃん!!」
「あいたた! なんだい春菜」
「お兄ちゃんどういうつもり? なんで榎木さんのこと気にしてるの?」
「水着が可愛くて」
「あの人かなりきつい感じでしょ! 春菜、義理の姉が性格きついのやなんですけど!」
「あはは、春菜だってなかなかきつい……あいたたた」
「お兄ちゃん!!」
麦野、気が早い。
それにしても仲のいい兄妹だ。
うちはと言うと……。
「うおおーん、現実が、現実が襲ってくるよう。明日からまた講習だよう」
穂波が窓から青空を眺めつつ、世の無情を嘆いていた。
まあ、ここで苦労する意味はあるからな!
がんばれ、妹よ。
「さて、俺も頑張らなくちゃな……!!」
「おっ、少年、いよいよやる気になった? もう四ヶ月経つもんね」
「な、何のことでしょうか」
「稲垣くんが頑張ることって言ったら、ねえ? まっすぐぶつかれば通じると思うよ?」
見透かされている……?
しかも、通じるとは一体……。
「知らぬは当人達だけなりってね。周りはそのつもりだと思うけれど? むしろ、君の思いが通じてからが本番でしょ」
遠回しに、なにかすごい事を言われている気がする。
だけど、思いは通じると言われて、俺の中に目標みたいなものが生まれた気がする。
「じゃあその、俺は伝えちゃっていいんでしょうか」
「決めるのは君」
「何ていうか、心の準備が、その」
「何事もチャンスってのは、準備ができてない時に来るもんだよ。そこで準備だ何だって言い訳してるうちに通り過ぎちゃう。だから、準備ができてないなら、行動してから準備を埋め合わせればいい」
「おお……なるほど」
俺は心底、芹沢さんを尊敬した。
「まあ、私がそれで大失敗したからの助言なのでね! 成功者の助言は生存バイアスかかってるけど、失敗者の助言はどこが失敗ポイントかが明確だからいいわよ」
「おお……なるほど」
今度は違う意味で頷いてしまった。
時期尚早だって思ってためらうことによる、挑戦できないという失敗。
それは確かに悔いが残るよな……!
凄く納得してしまった。
「じゃあ、俺、やります。夏祭りの日に……舞香さんに告白しようかと……!!」
そう言った瞬間、マイクロバスの中の目が全て、俺に集中した。
みんな聞いてたな!?
「いいんじゃない。がんばんなよ、少年!」
芹沢さんは笑いながら俺の肩を叩く。
「悔しいけど、舞ちゃん、あんたといる時って超楽しそうだもんね。気合い入れて行きなよ稲垣くん!!」
麦野に至っては駆け寄ってきて、俺の背中をめっちゃくちゃ強く叩いた。
痛い痛い!
だけど、こいつはちょっと嬉しい痛みだった。
うし、やるのだ……!!
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