第66話 (スイカに)決めろ、ファーマースラッシュ
スイカ割りが始まった。
保護者グループもやって来ていて、誰が先にやるかでもりあがっている。
「私は見学しています」
この場で一番発言力があるであろう清香さん、そう言うと、パラソルの下のベンチに腰掛けた。
その横で、さっき日傘担当だった使用人の人が、今度は冷たい飲み物をクーラーボックスから取り出している。
ちなみに清香さんは全く泳ぐ気がないようで、さっきの夏服姿のまま。
履物がビーチ用のちょっと高級なサンダルになっている。
「お母様は泳げないの」
「なるほど」
ちょっと可愛く思えてきた。
でも怖いから本人の前では言えないな。
「じゃあ、僕から行こうかな」
うちの父が名乗りを上げた。
盛り上がる、麦野母とうちの母。
年甲斐もなくいいところを見せようって言うんだな……!
「父さん、アラフィフなんだから無理しないで」
「待て穂積。俺はまだ四十二だ。あと三年あるぞ。まだアラフォーだ」
強く主張されてしまった。
そして始まるスイカ割り。
目隠しした父が、麦野母とうちの母、そしてなぜか加わっている舞香の声援を受けて、フラフラ、よたよたと歩く。
かっこいいところ見せるどころではない。
「せめて怪我はしてくれるなよ」
俺は内心で祈るばかりである。
あの人はうちの大黒柱なのだ。腰でも傷められたらやばい。
だが、そんな気持ちを知らず、穂波がゲラゲラ笑いながら、「お父さんうしろうしろー!」「ダーッシュ!」とか適当なことを言っている。
こやつめえ。
結局我が父朔太郎は、くるくる回って目を回し、そのままばたりと倒れ込んで「うぐわー」と呻いたのだった。
母が回収して、早速パラソルの下で介抱している。
これを見て、清香さんはちょっと楽しそうだった。
父が場を盛り上げたところで、秋人さんが次にチャレンジ。
「任せてよ!」
「お兄ちゃん、右! 右右! そこからずーっとまっすぐ!!」
「おい麦野やめろ」
「うわ、なんか足に波がかかったよ? こっちはもしかして海だったりするのでは? あーっ」
波に足元をさらわれて、海に倒れ込む秋人さん。
麦野家爆笑。
なんてことだ。
舞香も口元を押さえて、ブルブル震えている。
君、実はすぐ笑っちゃうタイプだな?
そして次は麦野。
「まっかせて!!」
おい、兄と同じこと言ってる。
復讐とばかりに秋人さんからのへんてこな方向指示が飛ぶ。
スイカ割りは歩き出す前にくるくると回るのだが、麦野はこれですっかり三半規管をやられたようだった。
「誰がお兄ちゃんの指示なんか聞くもんですか! 春菜はちゃんとスイカの方向をあれれー、地面が揺れてるよー」
その場にぶっ倒れる麦野。
いかん。
そもそも一歩も動いていないではないか。
麦野が秋人さんに運ばれて、パラソルの下で介抱されることになった。
すっかり目を回していたようだ。
「じゃあ、次は俺が」
手を上げると、舞香が手ぬぐいを手渡してきた。
「穂積くん、ファーマースラッシュを決めてきて」
「おう!」
ファーマースラッシュは、米食戦隊ライスジャーで、コンバイナーゼットが放つ必殺技だ。
グレートクワを一文字に振り下ろすだけなのだが、エフェクトが大変かっこよく、爆発が稲穂の形になっている。
あれを望むか。
舞香の思いは受け取ったぞ。
「私は、ほら。失敗するとお母様がうるさいから」
「あー、そういう」
娘をとにかく失敗させたくない清香さんなのだ。
俺はぐるぐると回転した後、スイカに向かって方向を定める。
足はふらつくが、いける。
「穂積くん! ちょっとだけ右!」
「穂積くん……?」
舞香のアドバイスに、一瞬だけ清香さんの声が掛かったように聞こえたが気のせいだといいな。
少し右を向き、慎重に歩き出す。
穂波からの、「右ー! 左! 上! 下!」という声援は無視だ。
奴は愉快犯だからな。
「そこっ!」
舞香の鋭い声が届いた。
俺は棒を振り上げ、
「ファーマースラッシュ!」
コンバイナーゼットの動きを極力真似して振り下ろす!
「何あの動き。超ぎくしゃくしてるんだけど」
穂波には分かるまい。
ロボットの着ぐるみを纏ってのアクションは、とても大変に違いないのだ。
その中であれだけの動きをするアクターさん。俺はとても尊敬している。
果たして、振り下ろされた棒の先に手応えがあった。
小気味いい音とともに、それが割れる。
「やったー!」
舞香の歓声が聞こた。
目隠しを外せば、真っ赤な果肉を見せる割れたスイカの姿。
「よしっ」
「やった、やったねー!」
駆け寄ってきた舞香が、その勢いのまま抱きついてきた。
「うおおおっ」
「ごほん! おほん!!」
清香さんが猛烈に咳払いする。
ハッとする舞香。
俺と、自分の姿勢を見比べて、スーッと離れた。
この人、感情が高ぶると抱きつきぐせがあるんだった。
主に麦野に抱きついて、その感情を発散しているようだが。
「あー、あはは。おめでとう、穂積くん」
「あ、ありがとう!」
「おめでとう!」
空々しく、だけど元気にやりとりする。
舞香との距離は、ビーチに来てからどんどん縮んでいっている気がするけれど……。
将を射んとすればまずは馬から。
舞香がどれだけ俺を好ましく思ってくれてるかは分からないが、もっと近づくには清香さんに認められねばならないのだ……!
ちなみに清香さん、今はにこやかな顔をして拍手などしてくれているのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます