第65話 日焼け止めとスイカ割り

 ボートをもとに戻して、穂波を乗せたり秋人さんにぶつけたり、麦野がボートの下敷きになったりして遊んだ。

 それなりにヘトヘトになって、砂浜に戻ってくる。

 すると、パラソルが増えていた。


 スタイリッシュな青と黄色のストライプ水着な榎木さんが、仏頂面でパラソルを立てていたのだ。

 なんかぶつぶつ言ってる。

 苦労性の人だなあ……。


「どうぞ」


「ありがとうございます……」


 会釈してパラソルを使わせてもらう。

 目の前では榎木さんのお尻が動いていて、パラソルにビニールシートを敷いている。

 芹沢さんよりは一回り小柄だけど、引き締まっている。


 だけど、下手に声を掛けたりすると怒りそうだなあ。

 静かにしておこう……。


 そこへ、舞香と麦野がやって来た。


「ああ、疲れた……! 水の中ってやっぱり、体力を使うよね」


 俺の隣に、舞香が腰を下ろして大きく息を吐いた。


「そうだなあ……。プールもだけど、海はほら、もっと自由な感じで遊ぶじゃん。だから疲れるのかも」


「そうかも。でも、すっごい楽しかった……!」


「舞ちゃんがこんなにはしゃいでるの、子供の時以来じゃない? まあ、穂積くんさまさまねー」


「麦野さんが俺を褒める……?」


「春ちゃんが穂積くんを名前で呼んでる……」


 ダブルで言われて、麦野が困った顔をした。


「ど、どうしろと? 春菜だって人を褒めるし、あとこの別荘稲垣さんが四人いるでしょ。名前で呼んだ方がよくない?」


「そ、そうだけどぉ」


 舞香が口をつぐんで、むにゅむにゅ動かした。

 何か言いたいが言葉にならないと言う顔だ。最近学んだ。


 かわいい。


「そんなことよりさあ。ウォータープルーフの日焼け止めつけてきたつもりなんだけど、めっちゃハードに動いたからはがれたかも。ちょっと穂積くん日焼け止め塗ってよ」


「なにいっ」


「えっ」


 俺と舞香が同時に声を上げた。

 また麦野がたじろぐ。


「な、なんで舞ちゃんまでびっくりしてんの?」


「そのー。男の子と、女の子がそういうことするの、いけないんじゃないかなーって……」


「春菜、別に穂積くんを男だと思ってないから大丈夫だよ? 同じ親衛隊の仲間じゃん」


 麦野の中でそういうロジックがあるから、無防備に俺に近づいてくるのか!

 なんてたちが悪い。

 年頃男子のハートをかき乱すような自分の外見を知り尽くしていると思えば、こうして無頓着なところを見せるのだ。

 小悪魔的……!


「日焼け止めは、私が塗ってあげる」


「舞ちゃんが!?」


「もちろん。榎木さん、日焼け止めちょうだい」


「は、はい!」


 お仕えするお嬢様の、何やら気合が入った声に榎木さんが慌てる。

 芹沢さんから日焼け止めを受け取り、すぐにこっちまで走ってきた。


「こちらです。麦野様はお肌が敏感とのことですので、低刺激性のものをご用意しました」


「榎木さん、ありがとうございます」


 麦野がよそ行きの声でお礼を言った。

 猫かぶってる訳ではなく、こっちの麦野も素である。

 相手によってペルソナが切り替わるというか、なんというか。


「じゃあ、行くからね。大丈夫、私、柔道整体士の勉強も一緒にやってるから、日焼け止めを揉み込むの得意なの」


「舞ちゃん、そんな特技を……!? あひゃー!?」


 舞香が麦野の背中にローションを塗り拡げる作業が始まった。

 一見して、女子と女子がぬるぬるして絡み合ってるのでとてもエッチなのだが、舞香の手さばきが実に見事で、そっちに見とれてしまう。


 麦野の水着は背中はほぼ紐なので、全体にまんべんなく塗れる。

 舞香が鮮やかな手付きで、日焼け止めをその全体へと揉み込んでいく。

 その度に、麦野が「ひえー」とか「うおー」とか、「ぎょえー」とか声を上げてのたうっている。


「ま、舞ちゃん。マッサージみたいなのでめっちゃ効いてる感じがするんだけど……」


「気のせいだよ」


 気のせいじゃないだろう。


 麦野をひっくり返し、正面にも存分に日焼け止めを塗った舞香。

 いい仕事をしたとばかりに、大きく息を吐いた。


「どう?」


「あー……。う、動けないー」


 なぜか塗られた麦野が動けなくなっている。

 まさかこれを狙って……!?


 舞香が微笑みながら、俺を見た。

 ゾクッとする。


「ほ、穂積くんにも塗ってあげる……」


「遠慮しておきま……いや、ぜひ」


 俺の中の良識を、健全な男子の欲求が上回った。

 さあ、これからめくるめくパラダイスな時間が……。


「おーい、スイカ割りしよう」


 そんな時間は来なかった!

 秋人さんがばかでかいスイカを持ってこっちにやって来るじゃないか。

 隣で穂波が、棒を担いでくる。


 く、くそーっ。

 いいところだったのに。


「あー、だめ。全身もみほぐされてしばらく動けない……」


 麦野が呻くのを、うらめしく眺める。


「残念……」


 舞香が小さく呟いたのが聞こえた。

 むむっ、俺に日焼け止めを塗りたかった?

 いや、まさか。


 思い直して、俺は立ち上がった。


「舞香さん、行こう!」


 まだ、ちょっと名前を呼ぶと照れる。

 舞香も、照れた笑いを返した。


「う、うん! スイカ割り、私強いんだよ」


「武道もやってるの……? 強そう……」


 割と心からそう思う。

 そんなわけで、次は家族総出でのスイカ割りへ。

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