第64話 ビーチ・ガールズ

 舞香と海に向かおうという寸前だ。


 麦野の後から秋人さんもやってきたのだが、その水着を見て俺は吹き出した。

 正面から見ると星条旗に似た柄。

 後ろはユニオンジャックっぽい柄のトランクス水着だ。

 右側に、『混沌とした世界にインドが降臨!』

 腰回りに燦然と、『アフリカ』と言う文字が輝いていた。


 あれ?

 尻のところにボンジュールって書いてある!?


「あ、秋人さん、それは……!!」


「おおっ、気付いてくれたかい? 春菜に見せても無反応でねえ。それどころか、お兄ちゃんちょっと痩せたほうがいいよっていうんだ。こんなもちもち肌を捕まえて何を言うんだろうね」


 相変わらずマイペースな人だ。

 まあ、一見しなくても太っておられるよな。


 だが、そんな自分を誇らしげに見せる堂々たる姿。

 なかなかかっこいいと思う。


「どれ、穂積くん。僕ら男チームは、女子達の水着と戯れに水際に行こうじゃないか」


「あ、いいですね」


 俺、この人は結構好きだな。

 ちなみに舞香も、秋人さんの水着には受けているようだった。

 顔に出ないだけだ。


 彼女の優しい笑顔の下で、握りしめた拳がぷるぷる震えている。


 吹き出したっていいんだぞ、舞香。


「ほ、穂積くん。ちょっと先、行ってて」


「お、おう」


 声が震えている。

 俺と秋人さんが先行したところで、背後から盛大に「ぷふーっ」と吹き出す音がした。

 イメージが大事なお嬢様ってのは大変だな……。


「お兄ちゃん! 浮き輪膨らませてよね!」


 おっ、麦野が秋人さんに浮き輪を押し付けてきた。


「あたしもー! 穂積くんおねがい!! 可愛い妹のためにボートふくらませて!」


 穂波全然可愛くないぞ。

 俺と秋人さんは、海の目の前で足止めされてしまった。

 二人で空気入れを使って、浮き輪やボートをふくらませることになる。


「穂積くん。我々男ってのは、辛いもんだよねえ」


「ですねえ……。ここでは女子のほうが多いですし」


「パワーバランスが悪いよね。だけどその代わり、どこを見ても女子達がいるわけだ。あっ、左手は保護者グループが遊んでいるから見てはいけないよ」


 いちいち物言いが面白い人だ。


「ところで穂積くん。右前方を見てみたまえ」


「なんです……あっ」


 そこにはビーチパラソルとベンチが展開されていて、一人の女性が仰向けに寝そべっていた。

 サングラスを掛けて、サイドテーブルからはスマホが奏でるビーチっぽい音楽が流れる。


「芹沢さんだ」


「芹沢さん!?」


 ペイズリー柄のビキニも眩しい、THE・大人の女って感じの彼女が芹沢さん!?

 すごい。


「穂積くん」


 脇腹をちくっと突かれた。


「ひゃっ」


「手伝おうか? 私も結構体力あるんだよ」


 舞香だった。

 チラッと芹沢さんを見て、彼女を背中で隠すように移動する。

 しまった、俺の視線を勘付かれたらしい。


 俺のバカ!

 舞香に注目するのだ!


「じゃあ、一緒にやろう」


「一緒に?」


「足で空気を送り込むやつだから、ほら、こうして……おおっ」


「あっ……」


 足が密着してしまったのだが?

 しっとり汗ばみ始めている舞香の足の感触が気持ちいい。

 ちょっとひんやりしている。


「ほ、穂積くん。一緒に、せーの、でね。せーのっ!」


「よいしょっ!」


「えいっ」


「よいしょっ」


「えいっ」


 二馬力になった空気入れ、ぐんぐんボートを膨らませていく。


「そんなの、夫婦の共同作業じゃんかー! ほ、穂積くんがあたしに見せつけてくるう!! 灰色の青春を送る受験生のあたしにー!!」


 嘆き悲しむ穂波。

 わっはっは、兄にボートをふくらませるのを押し付けた報いだ。


 俺はハッピーになって、穂波が世の無情を感じた。

 一石二鳥では?


 俺達はいい汗かいて、ボートを完成させた。

 すぐ横では、秋人さんが浮き輪をふくらませきったようだった。


「お兄ちゃんサンキュー。舞ちゃん、稲垣くん、海海!」


「よっしゃ、泳ぐか」


「行こう!」


「あーん、待ってー!」


 おっと、穂波は大きなボートがあるんだった。

 手伝ってやるか。


「僕もお手伝いするよ」


「ありがとうございます秋人さん!」


 男二人に女子中学生一人で、ボートをえっちらおっちら運ぶのだ。




 海に浮かべたボートの上で、穂波がまったりしていた。


「あーごくらくー」


「日焼けするぞ」


「ちょっとくらい日焼けしたほうがいいんですー。受験生は家の中にこもりっぱなしで、太陽の光が足りてないんだから!」


 そんなものか。

 ちなみに横でぷかぷか浮かんでいる、浮き輪付きの麦野は。


「春菜? 春菜は日焼け止めつけてるよ。当たり前じゃん。赤くなって痛くなるの怖いじゃん」


 水の中に潜って、海底を探っている舞香は……って何してるの。


「ぷはあ! 見て見て! 貝! え? 日焼け止め? うん、お母様に言われて一番強力なの塗ってる」


 スキンケアに余念がない女子達よ。

 じっと我が妹を見た。


「うっ、ううっ!!」


 穂波が焦る。


「で、でも日焼け止めは持ってこなかったしっ」


 そこへ救世主が登場した。

 ビーチパラソルの下から、サングラスを外して芹沢さん登場だ。


「日焼け止めはここにあるからね。塗ってあげようか」


「あっ、お、お願いします! ……誰?」


 穂波がいぶかしげな顔をする。


「前にうちに、俺を迎えに来たリムジンあるだろ。あの時運転してた人」


「あー、あの時の……って、ええええええ!? めっちゃ美人……!」


 芹沢さんがとてもいい笑顔をした。

 そしてすぐ真顔になる。


「それはそうと、私、近眼だから誰が誰か水着の色でしか分からないの。穂波ちゃん? 自分からこっちに来てね」


「はーい! 穂積くん、ボート見てて!」


「へいへい」


 穂波はボートを捨てて、ざぶざぶと砂浜へ行ってしまった。

 残されたボートに、俺がよじ登る。


 すると、ボート際に手をついて、舞香がニッコリ笑った。


「乗っていい?」


「もちろん!」


 舞香が手を差し出す。

 俺はそれを受け取って、引っ張り上げる。

 お姫様をエスコートするみたいに……。


 そしてボートのバランスが崩れた。


「うわー!?」


「ひゃー!?」


 二人揃って、海の中にダイブだ。

 ひっくり返ったビニールボートの下で、俺と彼女は水の中。

 顔を見合わせて、思わず笑ってしまった。

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