第63話 彼女が水着に着替えたら

 いよいよ、海に繰り出すことになった。

 一番の目的がそれなのだから、当たり前といえば当たり前。


 穂波はすでに、胸元にフリルがついたスカートっぽい水着で部屋を飛び出してきたところだった。


「遅いよ穂積くーん!! 泳ぐよ、泳ぐよー!!」


「おうおう」


 適当に受け答えする俺。

 妹はそんな俺に向かって、浮き輪やらボートやらを放り投げてきた。


「膨らませて! これ空気入れ」


「俺がやるの?」


「男の子だからできるでしょ!」


 都合のいい時だけ男の子扱いしやがるなあこいつ。

 かくも、リアルな妹というのは可愛くないものだ。


「で、穂積くんの水着それ? うわー、派手!!」


「赤い水着だぜ」


「なんで金色のVライン走ってるの!? あ、なんて言うか穂積くんがいっつも見てる、トクサツみたい」


「だろー」


「高校生でそういうの履く? フツー」


「大人用の水着として売ってたからな。履く人もいるんだろう」


「マジでー。絶対、舞香さんドン引きするよ」


 そうだろうか?

 俺は穂波の意見とは全く逆方向の手応えを感じていた。





「お、やっぱ稲垣くん似合うじゃーん」


 得意げな麦野が俺の水着を褒めてきた。

 呼び名が慣れている稲垣呼びに戻ってる。

 今は、上にパーカーを羽織っているから、彼女のあのトンデモな水着は見えない。


「ええ……褒められてる……」


 愕然とする穂波。


「麦野さん、これ、アリなんですか?」


「アリでしょ。水着が目立つから、本人に粗があっても割とわかんなくなるもん。あと、稲垣くんって結構鍛えてるから水着に負けないでしょ」


「そ、そうかなあ……。そう言われてみれば、穂積くん妙に筋肉ついてきてるような……。文化系だったはずでしょ」


「深い事情があったんだ」


 今も現在進行系で鍛えられている最中だ。


「それより、ほれほれ、どう?」


 麦野がそう言いながら、パーカーを勢いよく脱ぎ捨てた。


「ひえーっ!!」


 穂波が失礼な悲鳴を上げる。

 だが、今ばかりは俺もその気持がよく分かる。


 明るいグリーンの、一応ワンピースの体を取っている水着。

 ただし、胸を覆う布は少ないし、そこからお腹を覆う部分はへそを隠す程度の役割しかないのでは?

 そして、脇腹は完全にむき出し。申し訳程度に、お尻を半分覆う細い布と前布をつなぐ紐がある程度だ。


 紐だ。

 紐を着ている。


「やっぱり、おひさまの下で見ると違うっしょ」


「違うなあ。とんでもないボリュームだ……」


「何よ。春菜のおっぱいばっかり見てるんじゃないの!」


 ぺちんと胸板を小突かれた。

 すぐ真顔になる麦野。


「またちょっと胸板厚くなった?」


 ぺたぺた触れれる。

 麦野さんは俺の胸をよく触るんだが、セクハラ常習犯では?


「おーおー」


「どれどれ?」


「やめろ穂波」


 クラスメイトと妹に、ぺたぺたされる俺なのだ。

 何なんだこの光景は。


 あと、麦野のエッチな水着が密着するくらいの距離にいて、年頃の男子の精神衛生上とてもよくない。


「何しているの? ……えっ、穂積くんの裸に触ってるの? えっ」


 舞香の声がして、一瞬耳を疑った。

 何を羨ましそうな声出してるのかね舞香さん!?


 すると、白黒の旋風が駆け寄ってきて、俺にタッチした。


「さ、触っちゃった……!」


 よく見れば、麦わら帽子を被った舞香ではないか。

 そして俺の目は、彼女の姿に釘付けになった。


 黒い生地少なめのワンピース水着で、真っ白な肌との対比がものすごく鮮やかだ。

 胸元に大きい切れ込みが入っていて、なんというか、谷間がよく見える。


 米倉グループの社長令嬢がそんなエッチな水着を着ていていいんでしょうかね……。


「稲垣くんの水着、凄くレッドっぽい……。私もホワイトが良かったのに……」


 舞香が唇を尖らせてぶつぶつ言っていた。

 ちなみに、女子二名からは彼女の水着は大絶賛である。


「うわー舞ちゃん似合う!! スタイルいいのに、黒水着でさらに映えるって感じ?」


「ひええ、やばい、やばいよー。あたしがおこちゃまに感じてきたよー! フリル水着大人っぽいはずなのにぃ」


「でも、白が良かったの。だけど、お母様から透けそうだからダメって言われて……。ビキニも着てみたかったのに、お母様からお腹が冷えるからダメって」


 海に入るのにお腹が冷えるとは一体。


 舞香は髪をお団子にまとめて、完全に泳ぐモードだった。

 うーん、ファッショナブルでエッチな水着を着た舞香。

 良すぎる。


 思わずじーっと見ていたら、彼女は恥ずかしそうに胸元とか腰を隠した。


「あんまり見ないでー」


「あ、ご、ごめん」


 目をそらす。

 すると彼女は慌てた口調で、


「う、うそうそ。見ていいから! でも、穂積くんいいなあ。私もお母様を説得して、もっとかっこいいのにすればよかった。白に金色のラインが入ってる、ヒーローっぽいビキニがあってね?」


 想像するだけで興奮のあまり鼻血が出そうだ。

 俺にはまだ早すぎる……!!


「麦野さん、もしかしてこの二人……?」


「ん? 何のこと? 舞ちゃん可愛いでしょ」


「あっ、ダメだこの人も」


 穂波と麦野の会話をよそに、俺達はじーっと見つめ合う。


「海行こうか」


「うん!」


 ということで!

 人っ子一人いない、広々としたプライベートビーチで遊ぶのだ!

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