第62話 お部屋に案内します

 米倉家別荘には、ホテルみたいなコンシェルジュとかがいた。

 荷物を預けて、部屋に案内してもらう俺達。


「あ、あのね、稲垣くんは私が案内するね」


 あっ、舞香、また名字呼びに戻ってる。

 残念……!

 いや、名前で呼ばれたら俺もちょっとキョドるけど。


 なんとなく彼女の動きもぎこちない。

 ちらちらこっちを見ながら案内してくれる。


 あれっ?

 俺だけ舞香が案内してくれるの?


 麦野一家は勝手知ったる……と言う感じで、自分たちで荷物を持って行ってしまった。

 うちの家族は案内されている。


 基本的には一人一部屋なんだが、両親は二人一部屋を希望している。

 本当に仲いいなあの人達!


「稲垣くん、ちょっとお部屋が広いんだけど……いいかな」


「あ、別に狭くても広くても気にしないので」


「そう? 良かった」


 舞香が微笑んだ。

 かわいい。


 やたらと広い別荘の中を、階段を登っていく。


「エレベーター使ってもいいんだけど、それだと別荘の構造が分からなくなるでしょ」


「エレベーターあるんだ……」


 確かにエレベーターが必要な理由は分かる。

 この別荘、五階建て。


 一見するとちょっとしたホテルなのだ。

 こんなに階が多い理由は、お客さんを泊めたりすることが多いからだとか。


 それに、高い階からの見晴らしは格別らしい。


「はい、到着。ここが稲垣くんの部屋だよ。階段を挟んでぐるっと行ったところが私の部屋」


「えっ、舞香さ……米倉さんと同じ階なの?」


 名前で呼びかけたら、一瞬で舞香が真っ赤になったので、慌てて言い直す。


「そ、そう。よかったかな?」


「もちろん!」


「あと、私の部屋の方はセキュリティが厳しくなってるから、気をつけてね」


 怖い!?

 何、セキュリティって!


 つまりこれは、米倉家のお嬢様に悪い虫がつかないようにするために、守りを厚くしているということなのだろうか。

 万に一つも間違いは起こりそうにないな。


 ちなみに、俺と舞香がいるのは四階。

 最上階には清香さんがいるそうだ。


 本当ならば、一族の直系である舞香は五階なのだが、ゲストが四階までしか泊まれないために希望して四階の部屋にしたと。

 そのために、セキュリティを拡張する工事が必要で大変だった、と舞香は笑いながら話していた。

 いやあ、凄い話だなあ。引きつり笑いが出る。


「はい、これ鍵。カードキーだから、壁のここにかざしてね。そしたら稲垣くんの指紋を記録してね」


「警備、厳重すぎない……?」


「ごめんね、VIPルームなので色々めんどくさいの……」


「えっ!?」


 とりあえず言われた通り、カードキーをかざして指紋登録をする。

 なるほど、以降は指紋で開くのか。

 なんだよこの別荘。

 秘密基地か。


 そして扉の向こうを見て、俺はまたびっくりした。


 広い。

 広すぎる。

 教室より広い。


「ここがリビングで……こちらがバスルーム。トイレに、寝室ね」


 舞香が次々に説明してくれる。

 トイレだけで我が家のトイレの三倍の広さがあるんだけど?


 うわあ、バスルームゴージャスだなあ……。

 えっ、バスルームの壁のパネルを開くと、ここからリビングを通して海が見える?


 半身浴しながら海が見える構造……!!


「ロイヤルスイートじゃんか……」


「こっちがミニバーになってて、飲み物は完備されてるから。アルコールは入れないでもらってるけど、飲んだりする?」


「飲まないよ!?」


「良かった。お母様、そういうところ凄く厳しいし、私もいやだから。必要なものがあったらこの電話を使って。管理の方々に直接つながるから」


 うーん、プッシュボタンもダイヤルもない、クラシックな木と金属製の電話……。


 ただの高校生が一人で泊まる部屋として、これはありなのか?

 おかしくないか?


「どう? 気に入ってくれたかな」


 舞香がもじもじしながら聞いてきた。

 いやあ、さすがにこれは。


「凄くいいよ! 気に入ったよ!」


 俺は満面の笑みで答えた。

 広すぎるとかゴージャスすぎるとか、言えるかこの状況で!

 舞香が良かれと思って用意してくれたなら、受け入れよう……!


 慣れろ、慣れるんだ俺。


「それからね、セキュリティがって言ったけど一つだけ抜け道があって……。ちょっとここ、出てみて」


「うん?」


 舞香が指し示したのはバルコニー。

 壁前面を覆う窓を展開し、外に出てみると……。

 真っ青な海が目の前に広がっている。


 木々は視界よりも低いところにあって、邪魔にならない。

 まさに絶景だ。


「うわあ、これは凄い……!」


 そうしていたら、背後からパタパタと走り去る音がした。

 舞香が出ていったのかな?

 慌てた様子だ。


 少しすると、隣からぱたんと音がした。

 横を見たら、離れたところに舞香がいる。


「バルコニー、二つあるの。ここからなら、すぐに会えるよ」


 急に強い風が吹いた。

 舞香の髪があおられる。


 流れる黒髪を抑えながら、彼女はにっこり微笑んだ。

 俺も、頬がだらしなく緩みそうになるのを必死にこらえて、微笑みにする。


「楽しみだ」


 めっちゃ、楽しみだっ!

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