第61話 ビーチ到着!
俺と麦野がお喋りしているのを、じーっと穂波が見ている。
なんだ、その半目は。
「ねえ、もしかして穂積くんって……モテる?」
「は? 何を言ってるのだ。生まれてこの方彼女がいた事なんかない」
「いや、だって、ねえ」
ちらちら麦野を見る穂波。
おい麦野の胸に目線が行った瞬間固定されて、「でっか」とか言うのやめろ。
「まあ、確かに稲垣くん……っと、みんな稲垣さんだもんね。ええと、穂積くんはモテる素質があるかもねえ。うわ、なんか自分で名前呼んでてちょっと恥ずかしくなった」
麦野の顔がちょっと赤くなる。
俺も、女子に名前呼びされるとドキドキするではないか。
ええい静まれ俺。
俺は舞香が本命なのだ。……あれ? 俺は舞香を好きだった……? そうだったのか……!?
ちょっと混乱していたら、スマホがぶるぶる振動した。
なんだなんだ。
「お、FINEだ」
「あらほんと」
俺も麦野も参加しているグループチャットに、動画が投稿されていた。
投稿者は布田だ。
お麩田『俺達海にきてまーす!!』
そして動画が再生される。
どうやら通りすがりの外人さんに撮影してもらったらしい。
ブルーのブーメランパンツを履いた布田が、ピンクのビキニの水戸ちゃんを抱え上げながら、あははうふふと笑いつつくるくる回っている。
うーん!
バカップル極まれリ!!
だが大変幸せそうだ。
「これを平然と送ってくるのはハート強くない?」
「あの二人は無敵だからな」
俺も麦野も、すっかり感心するばかりだ。
「いいねえ、高校生カップル。初々しいなあー」
秋人さんが横から動画を覗いて、ニコニコした。
こう、平然と懐に入り込んでくる人だな。
「あ、僕はフリーだからね。彼女いない歴=年齢です」
「あっ、そうですか」
「お兄ちゃんマイペースなんだもん。そんなんじゃ一生彼女できないよ!」
おっ、学校ではぶりっ子したりツンケンしたりしてる麦野、家ではしっかり者の妹なのか!?
だけどその言葉は多方面を傷つける気がするな。
少なくとも俺、佃、掛布がいるところで言ってはいけない……!
男心は繊細なのだ。
次々に送られてくるバカップル動画や写真を見つつ、俺達はビーチへと進む。
気がつくと、町並みが途切れ、木々の合間からキラキラ輝くものが見えた。
「海だー!」
穂波が窓にかじりつく。
一切の確認もなく窓が開けられ、むわっとぬるい風が流れ込んできた。
「うーわー」
秋人さんが悲鳴を上げる。
暑さに弱そうな人だから、気持ちはわかる。
だけど、ぬるい風を受けて、俺のテンションは上がる。
夏だ!
海だ!
そしてこの先で、舞香が待ってる!
「窓を開けないで下さい! 窓を開けないで下さい! 危ないですから!!」
榎木さんの慌てた声がバスの中に響き渡ったのだった。
砂浜にはたくさんの人がやって来ている。
道端には無数の車が止められていて、後から来ても駐車できないんじゃないだろうか。
「ひえー、人がたくさんだねえ」
「普通の海水浴場だとこうなるよな」
この風景を横目に、マイクロバスは道をひた走る。
やがて、人と車の数が減ってきた。
海の家も消え、ついに砂浜も途切れる。
あるのは岩礁だ。
そこから少し走ったところで……。
「うわっ、また砂浜になったよ!」
今度は、防風林みたいなものの奥いっぱいに砂浜が見える。
そして木々の合間に見える、豪邸。
「あれが米倉の別荘ね。海水浴の時だけ利用するんだって」
海水浴専用!?
なんて贅沢な。
その大きさは、我が家が三つか四つ入ってしまうくらい。
麦野の家だって二つくらい入るだろう。
今目の前で、ライトバンが走ってきて林の前に止まった。
降りてくるのは海水浴の客らしい人達。
大学生かな?
「チッ」
榎木さん、今舌打ちした?
榎木さんがバスに設置された通信装置みたいなものを手に取る。
「よく分かっていない人達が来ました。お願いします」
それだけ言って通信を切った。
マイクロバスは、豪邸の前に止まる。
「さあ、到着です。荷物を下ろしますよ」
榎木さんがバスから降りていく。
俺はふと、振り返った。
ライトバンの周りに、いかつい感じのお兄さんたちがたくさん集まって大学生達を囲んでいる。
い、いつの間に!
大学生達は泣きそうになりながら、車に乗り込み走り去った。
プライベートビーチだもんなあ。
しかも米倉グループの。
こんなに護衛が来てるんだね……。
「舞ちゃんと清香さんが来てるんだもん。警戒度マックスに決まってるじゃん」
麦野が恐ろしいことを言った。
そうか、VIPが来てる扱いになるんだな。
荷物を受け取って、豪邸……別荘の前にやって来る。
すると、まるでホテルのスタッフみたいな人達が待っていた。
「ようこそおいで下さいました。ここは米倉家別荘、
執事っぽい人だ!
「ようこそ」
上品な女性の声がした。
こ、この声は。
そこには、青い夏の装いに身を包んだ清香さんが。
使用人らしき人が、彼女の横で日傘を差して日陰を作っている。
親グループが清香さんに挨拶する。
うーん、さすがは舞香のお母さん。
めちゃくちゃ綺麗だ。
そしてそして。
「いらっしゃい、みんな!」
明るい声がした。
清香さんの後ろから、麦わら帽子が顔を出す。
真っ白なワンピースと、流れる黒い髪。
帽子の下から、切れ長な美しい目が覗いて、きらきら輝いている。
「いらっしゃい、穂積くん」
舞香は、俺だけに小さく付け加えた。
俺、胸がいっぱいになって頷く。
「うん、来たよ、舞香さん」
お互い名前で呼び合ってから、真っ赤になってしまうのだ。
きっとそれは、今日がとても暑いせいに違いない。
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