第60話 マイクロバスの中の面々
やって来た当日。
米倉家が遣わせたマイクロバスが、俺達一家を乗せて走る。
運転するのは、芹沢さんの後輩であるポニーテールのちょっと怖い人。
榎木さんだ。
なんと、まだ大学生なんだと。
彼女が俺を見る時、とても複雑そうな顔をするので胸が痛い。
ご苦労さまです……!
「うわーっ! 超豪華なバスじゃん! あたしこれ見たことある!! VIPが乗るリムジンのやつじゃん!!」
大はしゃぎの穂波が、一番乗りだ。
そして、ふかふかの絨毯が敷かれた車内に驚き、また何か叫んでいる。
大興奮だ……!
日々抑圧されて生きている受験生は、今強烈な開放感を感じていることだろう。
車内で飛び回る中学三年生に、榎木さんは苦虫を噛み潰したような顔をした。そう、苦虫を噛み潰すってこれだよね、これ。
ほんとすんません。
俺がぺこぺこ謝っていると、うちの母がのしのし乗り込んでいって、穂波の額にチョップを叩き込んだ。
「うぎゃー! 年頃の娘の頭を叩くなんてー!!」
「あなた、年頃の娘の動きじゃないでしょあれは。お猿よお猿。お猿はチョップで分からせるものだからね。もう一発行こうか」
「やめてえ!」
うちの父は全面的に母の味方なので、母を敵に回すということは両親を敵に回すことである。
穂波が大人しくなった。
うん、今のは穂波が悪いな。
「やあ、素敵なバスだね。榎木さんでしたね。今日は私達一家をよろしくお願いします」
父が榎木さんに深々と頭を下げた。
これで彼女もちょっとホッとしたらしい。
「いえ、安全にビーチまでお送りします。今日はよろしくお願いします」
キビキビとした動作で頭を下げる榎木さん。
大人な対応、こういう時には大事だな……。
乗り込んできた父、朔太郎が俺の隣に腰掛け、ぼそっと呟いた。
「穂積の就職先だからなー。失礼があったらいけないもんな」
「えっ、父さんあんた何言って」
「俺が思ってる以上に、穂積にやってきた試練の時は早かった。だが、物事は常に準備ができてない時にやって来るんだ。対処しながら、だんだんこの状況に合わせて準備していくんだぞ! 何、予測を立てて準備をするのは俺が得意だ。穂積、俺流のプレゼン術を伝授してやるからな」
早合点してる……!?
いや、おおむね間違っちゃいないんだけど。
「あら、朔太郎さんと二人で何をお話してるの? 私も混ぜてほしいなあ」
「穂邑さん、あのね、穂積の将来設計がね」
「まあまあまあ」
くっそ、結婚して二十年近く経つのにまだまだラブラブな夫婦にサンドされたぞ!
子ども達の前でも、出勤前はハグを交わしたりお互い何かあったら褒め合ったりしてるので、世間一般に聞く両親とは勝手が違う。
欧米っぽいって言うんだろうか?
クラスのバカップルである、布田と水戸ちゃんもこの夫婦みたいになるのかも知れないな。
似たようなムーブをしてる。
「出発します」
榎木さんが一応声を掛けてきた。
「シートベルトをお願いします」
ということで、座席に据え付けられたシートベルトで体を固定する。
そしてマイクロバスが走り出した。
窓越しに外の灼熱の風景を眺める。
車内は冷房が効いていてとても気持ちいい。
うちの両親は席を変わって、二人並んでぺちゃぺちゃ思い出ばなしとかしている。
小さい頃の俺と穂波を連れて、家族で行った海水浴の話とか。
そういや、俺が中学に上がった頃から行かなくなったな。
毎年行ってたのに。
二人にとって、家族で行く海水浴ってのは特別なのかも知れない。
そう思うと、両親同伴もそんな悪くないよなーと思ったりするのだ。
マイクロバスは町中を走り、ちょっと大きなお宅の前で止まった。
ん?
ここは、うちからそんなに離れてはいないところだな。
榎木さんがバスから降りて、家のチャイムを鳴らす。
インターファンでなにか会話している。
少しして、その一家が出てきた。
あっー!!
む、麦野!!
麦野春菜とその一家だ。
麦野の母は、麦野にとても良く似ていた。
麦野をちょっとふくよかにした感じだ。
そして、ポチャッとした男がいる。
俺と同い年か、ちょっと年上くらい?
麦野は俺を見つけたらしく、仏頂面のまま小さく手を振った。
俺も手を振り返す。
そして、麦野一家が乗り込んできた。
話に聞いてた通り、父親は仕事で来られないんだな。
「どうもはじめまして。稲垣穂積の父です」
父が真っ先に挨拶に向かった。
母も一緒だ。
麦野母も、にこやかに応対している。
なんか、柔らかい印象の人だな。
麦野の家は、米倉グループの重役だって話だった。
お金持ちなんだろうけど……。
ぽっちゃりしたのが、トコトコやって来て俺の隣に座った。
なんで隣に!?
「君が春菜の友達? 僕ね、春菜の兄の秋人です。よろしく。春菜から君の話はよく聞いてるよー」
凄くフレンドリーな人だ!
「あ、どうも。稲垣穗積です」
俺と秋人さんは握手した。
うおお、手がペチャッとしてる!
「ちょっとお兄ちゃん!! 家の話するのやめてくれる!? 春菜恥かいちゃうじゃない!」
「あはは、ごめんよ春菜ー。お兄ちゃんうっかりしてたよー」
秋人さんがデレデレした。
妹に凄く弱い人みたいだ。
ちなみに話を聞いてみたら、この秋人さん、こう見えて大学生なのだとか。
むちむちぽっちゃりしてて、まるくて優しそうなのだが、色白で全くしわとか無くて、年齢が全くわからない。
ちょっと年上くらいだと思ってたのに、もう成人してるのか……。
「あ、彼女が君の妹さん? 大変だよねえ受験。カリカリしちゃうもんね。僕も受験のときはいっぱい間食して太っちゃったなあ」
「はあ」
「お兄ちゃん反応に困る自分語りはやめて! 稲垣くん困ってるでしょー!」
「ああごめんごめん春菜ー」
なんだ、なんだこれは。
これから始まるプライベートビーチでの日々が、一筋縄ではいかなそうなことだけはよく分かったのだった。
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