第67話 夜のお楽しみ
スイカ割りをして、クタクタになるまで海で遊んで、そして戻ってきて豪華な夕食。
これはフランス料理とかのコースですか? っていう食事が出た。
俺も穂波も両親も、カチコチになって食う。
三年に一回も、こんな高級なお店行かないからな……!
あまりに特別なご飯すぎて、全然味がわからなかった。
デザートを食べ終わったところで、舞香がすすすっと寄ってくる。
「なんだか、全然味がわからなかったって顔してる」
「おわかりになりますか」
俺はちょっと笑ってしまった。
「うん、だってお母様ったら、こんな大仰な夕食会を用意するんだもの。もっとざっくばらんな感じでいいって私は言ったのに、一度言ったら聞かないんだから」
舞香が腕組みして、怒るようなジェスチャーをしてみせた。
「でも、素材はいいかもだけど味は穂積くんがいつも食べてるものとそんなに変わらないと思うよ? 何ていうかね、いい料理は歯ごたえ、舌触りで差がついてくるの。あとは付加価値だね。値段は十倍もするかもだけど、味はせいぜい二倍もいかないくらい」
「そんなものなのかあ……」
「でも、高いものを食べる人がいると、それを作る人がやっていけるでしょう? その素材を育てる人だって暮らしていける。お金持ちは、お金を使ってそういうニーズを作ることが仕事でもあるの……って、お父様が言ってた」
舞香が、受け売りですと言って笑った。
かわいい。
しかしなんというか、立派なお父さんだなあ……。
ちらりとうちの父を見る。
「ソースの味しかしなかったな。あと、俺はもうちょっと歯ごたえがあるのが好きだな」
「ふわっふわしてるのがフランス料理っぽいのよきっと」
「米は茶碗で食べたかったなあ。あと、あの肉は御飯の上に乗せたかった」
「今度作ってあげましょうか」
「本当に!? お願い! 穂邑さん愛してる!」
「私もよ、朔太郎さん!」
またラブラブしてやがる。
あれはあれで立派っちゃあ立派だよな。
あと、うちはとにかく和食、しかも庶民派なんだな。
「今度、穂積くんのおうちのディナーにもお呼ばれしてみたいな……? ダメ?」
ちょっと俺はびっくりする。
舞香がいつになく、大胆だ。
それに、こんな素敵な提案、ダメなわけがない。
「来てよ。本当の庶民料理ってやつをごちそうするよ」
俺もその時には、一品くらい作っておきたいな。
夜は花火でもするのかなと思ったら、そんな事は無かった。
基本的に、ゲストに火は扱わせない方針なのだとか。
花火の思い出は今度作ることにしよう……!
泳げるほどの地下大浴場で羽を伸ばし、日焼け跡のヒリヒリを楽しんだ後、いよいよ部屋に戻る事になった。
一人部屋。
だだっ広い、一人部屋なのだ。
「うーん……」
テレビをつけて、部屋に備え付けのジュースなんかを飲みながらボーッとする。
「広すぎて居心地が……!」
この部屋だけで、我が家の居間より広いのだ。
さらに寝室に備え付けのバスルームまである。そっちは超高級ユニットバスみたいな感じだ。
「風呂は入ったし、やることも無くなったし……うーん。寝るか……?」
昼間に体を動かしたせいで、ほどよく疲れている。
今ならぐっすりと眠れそうだ。
俺は服をぽいぽいと脱ぎ捨てると、寝間着に着替えた。
「よし、寝るかあ……」
その時である。
コツコツ、と窓が叩かれた。
「えっ!?」
慌てて窓を見る。
そこには何もいない。
それはそうだ。ここは四階なんだから。
おいおい、オカルトかよ。勘弁してくれ。
俺が肝を冷やしていると、今度は明らかに棒がニュッと横から生えてきて、コツコツ窓を叩いた。
あれえ?
バルコニーへの出口を覆う窓を引き開け、俺は外に出る。
夜風は生ぬるいが、まあ気持ちいいと言っていい。
海風だからかなりマシなのだ。
すると、出てきた俺の頭を棒がコツンと叩いた。
「うわっ」
「あ、ごめんなさい!」
棒が引っ込む。
それを持っていたのは、舞香だ。
隣のバルコニーに彼女がいた。
部屋着なのか、ワンピースタイプの薄地一枚。
……もしかして、上は下着をつけてない?
「もしかして、寝るところだった?」
俺のよこしまな想像に被せるように彼女が言ってきたので、慌ててしまった。
「いやいや、ぜんぜん! あ、寝るところではあったけど……」
「ごめんなさい……」
「大丈夫! 大丈夫だから!」
思わず声が大きくなったら、舞香が唇の前で指を立てた。
「上に、お母様がいるから」
「あっ」
俺も静かになる。
五階は、清香さんと舞香のお父さんの部屋なんだと。
なるほどなあ……。
それは、下手に大声なんか出せない。
「それから、バルコニーから手を出したらダメだよ? 目には見えないけど、ここにレーザーが通ってね……」
「ハイテクだなあ」
バルコニーから乗り出すと、警報が鳴り響くようになっているらしい。
そして自動的に網が射出されて、乗り出した人間を捉えるとか。
「お父様が、海からの狙撃にも対応している……って言ってたけど、ちょっと怖かったから詳しい話は聞いてないや」
「米倉グループ半端ないなあ……」
むき出しのバルコニー、セキュリティホールかと思ったらそんなことはなかったぜ。
それに、これだけ厳重じゃ、舞香のところまでちょっとお邪魔するわけにはいかないな。
なるほど、舞香を一人で部屋に置いておいて、清香さんが平気なわけだ。
正統な手段を経なければ、舞香に手は出せないということだ。
まあ、俺は彼女の気持ちを無視してそんなことをする気はないけど。
……舞香が同意してくれれば、あるいは。
そもそも、彼女の気持ちはどうなんだ?
俺はどうやら、舞香のことが好きみたいだけど。
「ほんとはね」
舞香が口を開いたので、俺は我に返る。
「ほんとは私、穂積くんと二人で……録画してたライスジャーを一晩中見るつもりだったの」
ガクッと体から力が抜ける俺。
うーん、彼女はいつもどおりだ。
俺が知ってる通りの、米倉舞香だ。
「でも、こんな風に部屋が分かれてたら見れないなあって」
「そうだなあ」
俺は彼女の言葉を受けて、考える。
「じゃあさ。この夏のうちに、二人でそれをしようよ。どうやればできるか、考えよう」
ごく自然に、この提案が口から出ていた。
舞香は目を丸くした後、強くうなずく。
「うん! そうだね。どうやればお母様が認めてくれるのか……!」
ここでも壁は清香さんか!
そうだよなあ。
年頃の男女が二人きりで一晩とか、絶対間違いが起こるもんなあ。
さてさて、どうしたものか。
だけど、そんな思いに頭を悩ませる暇なんか無かった。
バルコニー越しの舞香とのお喋りが始まったのだから。
俺達は夜更けまで、語り合った。
その内容の大半は、古今東西の特撮あるあるだったりしたのだが。
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