第57話 夏休み突入!

 一学期の終業式は、校長のほどほど長い話で終わった。

 どやどやと俺達は教室に戻り、後は教師の到着を待つばかり。


 ここでロングホームルームをやった後、晴れて夏休みの始まりとなるのだ!


 みんな、明らかに浮足立っている。

 校長がくどくどしてきた、夏休みの注意なんか頭から抜け落ちてしまっているだろう。


 うちの学校は進学校でもあるので、宿題はそれなりに出る。

 これを序盤でこなすか、毎日やっつけるか、最後でスパートをかけるか。

 考えることは色々ある。


 だが今は、この後から始まるバラ色の毎日のことで頭がいっぱいだ。


 佃や掛布とバカ話をする。

 夏休みにはナンパして彼女作るだの、自転車で本州を縦断するだの、とりあえず計画段階ならば言ってみるのは自由なのだ。


「俺はどうしようかなー。ナンパをする勇気はないしな」


 俺が笑うと、佃が真顔になった。


「稲垣は必要ないだろ。だって米倉さんがいるじゃん」


「は!?」


 な、何を言っているんだこいつは。

 俺と舞香はそんな関係ではない。


 掛布が佃をぺしっと叩く。


「悪いな! こいつ、あまりにも彼女がいなさすぎてちょっと混乱してるんだ」


「掛布、お前だって一緒だろうがー!」


「佃は空気読めって話だよ! お前米倉グループに消されるぞ!」


「ヒェッ」


 おっ、佃が静かになった。

 ついでに掛布も静かになった。

 二人の視線は俺の肩越しに、教室の前方入り口を見ている。


 俺も振り返ってみたら……。

 舞香が鋭い目でこっちを見ていた。


「うおー」


 驚く俺。


「あっ」


 驚く舞香。

 そして照れ笑いする。

 かわいい。


 いつもどおりかわいい舞香じゃないか。


「米倉さん、マジになると目ヂカラすげえ……何も言えなくなったわ……」


「な? だから米倉グループに消されるんだって」


「何言ってるんだお前ら……」


 おかしなことをいう奴らだなあ。


 ちなみに舞香が真剣にこっちを見てたのは、俺と予定を立てた夏休みのイベントを、どう進行していくかを考えていたらしい。

 米倉舞香は顔に出る。


「ちょっと! ちょっとあんた!」


 脇から柔らかいものが腕を突っついてきた。

 このクラスで柔らかいものと言うと、麦野と決まっている。


「どうしたんだよ」


「舞ちゃん、また告白の手紙を受け取ったのよ! 見守りに行かなきゃ」


「なんだって」


 当然の話なのだが、我がクラス一の美少女である米倉舞香はモテる。

 とにかくモテる。


 だが、家柄が家柄で、毎日黒塗りのリムジンで登校してくるので、かなり勇気があるやつでなければ告白しない。


 これは勇気があるやつが、舞香の下駄箱に手紙をそっと差し入れたということだろう。


 ロングホームルームが終わると、舞香が立ち上がった。

 確か、俺と、一学期最後の十分トークがあるはずだけど……。


 カバンも持って、教室を出ていく。


 俺と麦野は目配せしあい、彼女の後を追った。

 場所は、体育館裏。


 おいおい、俺達が十分トークをよくする場所じゃないか。


 そこに、背の高い男子生徒が待っていた。

 なんか甘い感じのマスクをした、そこそこモテそうな人だ。


 彼は舞香が来たのを見て、微笑んだ。

 うわー、やな感じだな。

 ネクタイの色から、二年生だと分かる。


「来てくれたね、米倉さん。君はこういうちょっと古風な方が受けるかなとおもってやってみたんだけど、どうかなあ」


「はい。手紙とは珍しいですね、先輩」


 舞香がハキハキと受け答えする。


「じゃあ、要件をお伺いします」


「要件って。ここに呼び出したんだから決まっているだろ? 米倉舞香さん。俺と付き合ってほしいんだ」


 うわあ、サラッと言った。

 あれは言い慣れてるぞ!

 しかもあの顔に浮かぶ自信!


「水田トモロウ先輩。二年生普通科で、かなりモテる人のはずよ。今でも三又してるとか」


「詳しいな麦野」


「舞ちゃんに近寄りそうな虫は調べてるから! あんにゃろう」


「うおー、落ち着け麦野ぉ」


 麦野が腕まくりして出ていきそうになったので、慌てて羽交い締めした。

 うおっ、腕に胸が触れる!

 なんて柔らかさだ。


「いけないいけない、春菜、正気を失うところだった」


「麦野はすぐにカッとなるので、深呼吸したほうがいい」


 俺達がこんなショートコントみたいなことをしてるうちに、向こうではもう決着がついていた。


「ごめんなさい。私はあなたと付き合いません」


「えっ」


 意外そうな顔をする水田トモロウ。

 まさか自分の告白を断るとは、みたいな困惑が顔に浮かんでいる。


「それはどうしてだい? もしかして、もう付き合っている人がいるのかな」


「そうではないんですけど……」


「だったらいいじゃないか。俺と、お試しくらいの感じでさ。きっと相性がぴったりだと思うんだ。夏休みの間に分かるよ。絶対俺と一緒にいると楽しいから!」


 あっ、舞香の目が怪しく光った。


「楽しい……? それは……どれくらい楽しいですか? ヒーローショーに行くくらい? あれくらいの楽しさを、先輩は私にくれることができます?」


「はい……? ヒーローショーって、なに? それよりも、もっとさ。クラブで一晩中遊んだり、お洒落なカフェに行ったりしてさ」


「残念ですけど……。私、忙しいんです」


 舞香は水田トモロウに背を向けた。


「お、おい!?」


 舞香が本気で去っていこうとしていることに気付き、水田が慌てる。


「何言ってるんだか全然わかんねえよ! なんだよそれ!? ちょっと待てよ!」


 口が悪くなった。

 これがあいつの本性か!


 水田が舞香に掴みかかろうとしているように見えたので、俺は無言で全速力のまま、告白の場へと突っ込んだ。


「お前、舞香に何を────」


「ごめんあそばせ」


 その目の前で、舞香が水田の手を担ぎ、見事な一本背負いを決めるところだった……!


「グエーッ」


 水田は潰れたヒキガエルみたいな声を上げると、そのまま目を回してしまった。


「ま……舞香さん?」


「きゃっ、稲垣くん!! あ、そ、それに名前を呼んで……。じゃあ、穂積くん」


「は、はい!」


「別のところでお喋りしよう?」


 そうしよう。

 ということで、俺と舞香は移動することにしたのだった。

 目を回した水田の後始末は、麦野が引き受けてくれた。


 舞香親衛隊に神輿のように担がれた水田が、保健室へと運び込まれたという話である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る