第56話 相談、芹沢さん

 プールの日を終え、いよいよ夏休みへのカウントダウン。

 俺は夏祭りの予定を調べたり、神社に下見に行ったり、特撮映画まつりについての情報を集めたりしていた。


 スマホの中に、俺のメモ書きが溜まっていく……!

 これで舞香に何を聞かれても、サッと出てくるぞ。


 まあ、これだけメモをしたら全部覚えちゃってるんだけどな。

 そしてこの計画は、舞香と二人きりで決行する予定なのだ。

 誰にも話すつもりはない。


 ただ一人を除いて。


「……というわけなんですが芹沢さん」


「ははあ。夏休みで一気に勝負をかける気だね、少年」


 一学期最後の土曜日で、街角のコーヒーショップで芹沢さんに報告なのだ。

 俺が勝手に先走っても、米倉の家の予定と合わなければ舞香を誘い出せなかったりする。


 場合によっては、清香さんに交渉して舞香の時間をつくってもらわないといけないのだ。


 ちなみに何度か清香さんと交渉したけど、毎回そこで俺に課される代償は、米倉グループの護衛とか、一竜さんの秘書見習いとか仕事っぽいことばかり。

 俺に何をさせようとしているんだ。


「勝負かどうかは分からないですけど、高校一年の夏は一回しか来ないですからね! 俺、中学までは陰キャっぽかったのでここからワッと新しい自分に成長しようかと」


「うんうん、いいんじゃない? 昔の君が特撮好きで、それを温めてきたから舞香さんと縁ができたんでしょ。そして君が妙に自信たっぷりなモテ男くんじゃないから、彼女は君のことを憎からず思ってるの」


「そんなもんですか」


「そんなもんよ。仕事のスキルは後から身につけられるけど、米倉と合う人格は先天的にしか身につかないもの」


 何か不穏なことを言われてるような気がするぞ。


「何を仰ってるんですかね……」


 まるで俺が米倉家に婿入りするみたいな話を。


「大丈夫よ。舞香さん、一竜がいるから実は自由な立場だよ? ただ、ああいう上の人達って自由があるようで無いわけ。彼女がお年頃になるまでにお相手がいなければ、そしてそういう人が米倉のお眼鏡に叶わなければ、令嬢は然るべき上流階級の方のもとに嫁ぐことになるわけ。そして、家と家の橋渡しになるのね」


「そんな前時代的な」


 俺は半笑いになって、カフェオレを飲んだ。

 なんか味がしない気がする。


「時代が変わっているように見えるのは庶民だけだよ。上は上で、今も昔も彼らの理屈で動いてるの。それでも、随分マシになったんじゃない?」


「そうですか?」


 何がマシなんだろうか。


「清香さん、君を育成しようとしてるじゃない。あの人が他人にそこまでやってくれるの、初めて見たよ?」


「仰ってる意味が分からない」


 俺は考えるのを辞めた。

 なんか、今日の芹沢さんのぶっちゃけトーク、恐ろしい気がするぞ……!?


 ええと、つまり……。

 俺は今、舞香を自由にするお願いをするたび、米倉グループでのインターン活動みたいなのをさせられてる?


 芹沢さんと一緒に動くことで、舞香の関係者の人達とは顔見知りになった。


 最近では、一竜さんと一緒に仕事みたいな状況についていかせてもらって、明らかに偉い人達に顔を覚えられた気がする。


 ……インターンだこれ。

 俺、まだ十六なので違法なのでは?


「バイト代出てないでしょ。これ、多分ボランティア活動的とか学校の課外活動みたいな感じで届け出が出てると思うよ」


「そこまで!?」


「今日、ご両親に聞いてみなよ。君がどういうことしてるか絶対把握してるから」


 なんてことだ!

 俺の外堀が埋まってきていると!?

 舞香を自由にしようとすればするほど、じわじわと俺は米倉グループに近づいていく……。

 それに、完全にボランティアかというと実は違ってて、清香さんから俺に明らかに多いお小遣いが手渡されたりしているのだ。

 あくまでお小遣い名義で。


「それはそうと、舞香さんをデートに誘うんでしょ。なら、彼女だけが浴衣でどうするの。君も着るべきでしょ」


「あっ、やっぱりそうですか」


 俺の頭は、すぐに夏祭りのことに切り替わってしまった。


「着付けとかわかんないんですけど」


「日舞の先生、見てくれるってさ」


「は!?」


「FINEで速攻で返事来たよ。君ならオッケーだって」


「外堀が埋まっていくぞ。っていうか待って。心の準備が。なんで芹沢さんに計画の相談に来ただけなのに、俺の将来が決まっていく話されてるの」


「世の中そんなもんだよ。まともに準備ができないような時に決断を迫られるとか普通普通。いい? 柔道の試合だと、いかに相手に準備させないかが大事だからね。お互い構え、から始まるけど、技を繰り出して相手が対処しきれなければ勝つ。対処している間に、もう一つお見舞いして対処させなければ勝つ。そういうもの。世の中はスピード勝負なんだよ。言うなれば君は、今、米倉に攻め込まれてるところだね」


「なるほど……状況的にはどうですか」


「一本負け寸前だね」


 なんてことだ!

 あ、いや、いいことなんだろうか?

 将来は安泰だし……。


「将来が安泰とか思ったらだめだからね?」


「はい!?」


「国際的に手を広げてるライスホールディングスだよ? 米倉に見入られるっていうのはつまり、そういうこと。良かったねえ」


 よくないよ!?

 不安になるよ!?

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