第54話 男女混合ポートボール

「授業って言ってもレクリエーションだけどね。プールは体の負担を軽くした上で、全身運動を容易にさせてくれるの。ということで、レクリエーションも立派なスポーツ。ポートボールをします」


 体育教諭が宣言した。

 ポートボール!


 バケツを頭上に持って立っている生徒をゴールにして、そこにボールを放り込むのだ。

 ここまでならよくある話。

 でも、問題はここからだった。


「男女混合ね。変なことはしないように」


「な……なんだって!?」


 ざわめくクラスメイト達。


「うちのプールはちょっと狭いの。普通にやってたら参加できない生徒が出るかもしれないし、短時間で回していくために混合で、次々やっていくからね」


 解せぬ。

 プールを二面コートにしてそれぞれで男子と女子をやらせればいいのでは?


 ちなみに後で聞いた話だが、男女の仲が良いクラスは混合で遊び、そこまでではないクラスは別々らしい。

 うちは特に男女の仲が良好なクラスだからな。

 不思議とカップルは布田と水戸ちゃんしかいないが。

 あの二人を見てるだけでお腹いっぱいになるからかも知れない。


 そんなわけで、俺達はいそいそとチームを組み始めた。

 好きな人同士で組むとあぶれるやつが出るのが普通だ。


 だが、うちはそんなことはないのだ……!

 それだけでかなりみんなの仲が良好なクラスだと言える。


 ちなみに、舞香は大人気だった。

 誰もが舞香と同じチームになりたがる。


 女子は彼女のカリスマと運動能力から。

 男子は下心とか色々。


 しかし……!


「稲垣くん……!!」


「よし、組もう!」


 俺と舞香がチームになるということに、不思議なことにクラスでは誰も反対しなかった。

 本当に不思議なこともあるもんだ。


 てなわけで、チームは一つ五人。

 俺のチームは、俺、舞香、麦野、佃、掛布だ。


 対するチームは、布田と水戸ちゃんを擁している。


 水戸ちゃんは全く怖くないが、長身の布田が脅威だな……。


「いや、レクリエーションなんだから楽しくやればいいのでは?」


 掛布がぼそっと言ったら、麦野が小突いた。


「そうじゃないって! あのねえ。春菜、こう見えて負けず嫌いだから」


 知ってた。


「だから勝ちたいの! 勝つわよあんた達ー!」


 このチームの男達は、麦野にとって勝手知ったる仲間達だ。

 ということでざっくばらんな方の麦野をオープンにできる。


「おーっ!」

 

 俺達は拳を突き上げた。




 さあ、ポートボールの試合が始まった。

 と言っても。


「あはははは」


「うふふふふ」


 男女のきゃっきゃうふふがあちこちで響く。

 コートでチームが試合をしている。


 このクラスは全員で25人なので、一対一を二回やったら、最初のチームが余ったチームとまた対戦する。

 だけど、そんなに厳密にやらなくていいのだ。


 だってレクリエーションだから。

 これはある意味、期末テストを終えた俺達へのご褒美かもしれない。


「うりゃー!!」


 麦野がボールを持って、ぴょんぴょんとジャンプしながら突き進む。

 水中は歩くより、小刻みにジャンプしたほうが速い。

 セオリーが分かっているな。


「おお」


「す、すごい」


 ジャンプすると揺れるものが揺れるわけで、一瞬で男達が腑抜けになった。

 水戸ちゃんというものがいる布田ですら骨抜きになった。

 それでいいのか布田よ。


「あーっ! あたしの唐人がユーワクされている! むおー、許さんぞおっぱいー!」


「春菜はおっぱいじゃないからね!」


「なんだとー!」


 おお、対極の対決!

 二人共さほど運動神経がいいわけではないので、実力伯仲だ。


 抜こうとする麦野を、水戸ちゃんが手を振り回して妨害する。

 そして水戸ちゃんがジャンプしてボールを奪おうとしたら、よろけて麦野に抱きついてしまった。


「きゃーっ」


 二人でざぶんと水の中。

 ボールが横に飛んだ。


 そこにいたのは舞香だ。


「あら」


 舞香がボールを拾うと、見学していたクラスメイト達がざわめいた。

 麦野や水戸ちゃんとは異次元の運動能力を誇る舞香。

 一体彼女が、どのような動きを見せてくれるのか。


 そしてぴょんぴょん跳ねてくれるのか。

 男達の期待は、揺れる部分に注がれていた。


「ごめんね、期待できないかも」


 舞香はちょっと困った感じの笑顔で周囲に謝ると、ぴょんと一際高くジャンプした。


 こ、これは……!!


 放り上げられたボールは、狙い過たず。

 ゴール役の男子が頭上に掲げたバケツにスポンと収まってしまった。


 見事なスリーポイントシュートだ。

 このゲームにスリーポイントはないけど。


「おおーっ」


 感嘆と落胆混じりのどよめきが広がった。

 女子達が、「やーねー」と男子の様に呆れる。


 だが、俺は見た。

 すぐ横で見たのだ。

 揺れた。


「うーん」


 とてもつもない満足感を感じながら、俺は自分のコートに戻っていった。

 もう負けても本望である。


「今度は守備だね。稲垣くん、頑張ろうね!」


 舞香が弾んだ声とともに、俺の背中にぺたっと触っていった。


「よし、頑張るぞ!!」


 やる気みなぎる俺。


「ぬおー! さっきのようにはいかんぞー!! 南海、俺の勇姿を見ててくれー!!」


 襲いかかってくる布田!


「きゃーかっこいい唐人ー!」


 響き渡る水戸ちゃんの歓声!


「抜かせないぞ布田! うおらっ」


 俺は跳んだ。

 かなり全力のジャンプだ。

 そして布田に体からぶつかっていく。


「ウワーッ! 男の体当たりなんて嬉しくねえー!!」


 俺達は水に沈んだ。

 ボールがフリーになる。


 集まってくる女子達!


 頭上でボールの奪い合いを眺めながら、俺は満足げに思うのである。


 いやあ、プールって本当にいいものですねえ……!

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