第52話 彼女が水着に……え、俺?

 水泳の授業が……やって来た!

 もうすぐ夏休みという時期に、今年初の水泳の授業なのだ。


 この学校のスケジュールおかしくないか?

 私立だから自由にやってるっぽいけれど。


 この日、教室は男子の着替える部屋になる。

 女子には更衣室があって、男子は無いというのはどういうことだ?

 俺の疑問に、佃が答えてくれた。


「俺らは上着を羽織っていけばいいだろ。女子は布が多いし、全部脱いだら教室だとやばいだろ。俺は嬉しいけど」


「本音が出たな」


「お前だって嬉しいだろ!? 例えば米倉さんの水着とか」


「超嬉しいに決まってるだろうが!!」


 思わず全力で吠えてしまった。

 だが、教室はこれからプールということで、わいわいはしゃぐ男どもの声でいっぱいだ。

 俺程度の咆哮ではあまり目立たない。


「米倉さんの水着は嬉しいが、稲垣の勢いはちょっと違うな」


「やはりあいつ、米倉さんと仲良しになっているのでは……?」


「誰か、あいつが米倉さんと一緒に歩いているのを見てるよな」


「えっ、逆玉……?」


 おい。

 男達の視線を感じるぞ。


「稲垣ィ。学校ってのは狭い世界なんだ……。気付かれないわけ無いだろぉ」


 佃がにやりと笑いながら肩を組んできた。

 既に俺達は服を脱ぎ捨てての水着一丁。

 ぺちゃりとちょっと汗ばんだ佃の腕が首に掛かり、なかなか気持ち悪い。


「稲垣、お前、春の健康診断のときと比べて明らかにいい体になってきてるのでは?」


「なにぃ……。佃、まさか俺を狙って……?」


「狙ってねえよ!? 俺は女の子が好きなの!!」


 そうだろうそうだろう。

 それは付き合いの長い俺が一番良く知っている。


 しかし言われてみれば俺の体格は良くなっているかも知れない。


 もともと、そこまで運動をするタイプではなかったのだが、芹沢さんのスパルタと舞香の護衛まがいのことをしてハードワークをしたり、ヒーローショーのために厳しい練習をくぐり抜けたりしているうちに、明らかに俺の体は軽くなっていた。


 なんと言うんだろうか。

 とりあえず食事の量は増えたな。

 あと、以前着れていた服の肩の辺りが窮屈になってきた。


 母は服を買い換えねばという状況なのに、妙にニコニコしていた。

 あれはもしや、俺に筋肉がついてきたのが嬉しかったのだろうか……?


「稲垣、腹筋割れて来てんじゃん……。お前帰宅部だろ?」


「掛布、お前まで俺の体のことを狙って……!?」


「違う! 俺は……先日、隣にいた麦野さんのことが忘れられないんだ……。いい匂いがして柔らかい人だった……。普段はあんなふうに喋るんだなあ。つっけんどんな感じの麦野さんも可愛い……」


 この男、麦野に視角と嗅覚と触覚と聴覚を魅了されたか。

 麦野は舞香のこと一本で、男のことなんか何も考えてなさそうだ。


「俺といい勝負になってきたようだな……。今度バスケで勝負しようぜ」


「やめろ布田、お前のホームグラウンドに素人を引き込むな」


 布田はバスケットボール部なのだ。

 ただし、この学校のバスケットボール部は弱い。

 大会では毎回初戦敗退だ。


 なので、カジュアルにバスケットボールを楽しむ連中ばかりが集まっている。

 誰も勝負で勝つ気などなく、毎日、いかにかっこよくバスケットの技を決められるかどうかを競っている。


 実際、この学校のバスケットボール部は個人技だけで言えばかなりレベルが高い気がする。

 ダンクが打てる状況なら、どれだけ守られてようがまずダンクを決める男や、ボールを奪うことだけに命を掛けていて、昨年の全国第三位のエースから連続三回ボールを奪った男や、スリーポイントを決める確率がほぼ100%の男がいる。


 ただし、全員それしかできないのでチームとしては激弱い。

 布田は、そんなピーキーな先輩達に憧れており、


「俺もいつか、あんな一芸特化のモンスターになりたい」


 とか言っていた。

 モンスターに憧れるんだから、サバクトビバッタ将軍を演じるのにはピッタリだったかも知れない。


 そんな面々を引き連れて、プールへと練り歩いていくのである。

 シャツだけ上に羽織ったので、実質裸ワイシャツだ。


 廊下に出ると空調が効いてないから、なかなか蒸し暑い。

 プールに向かう俺達を、他のクラスの連中が羨ましそうに見ていた。


 上履きから履き替えて外に出ると、俺達はグラウンドを横切ってプールへと一直線だ。


「やはり、なぜ男子だけが裸ワイシャツで校内を歩き、グラウンドを横断しなければいけないのだろう……。解せぬ」


 俺は再び考えを巡らせた。

 女子をこちらに合わせろというのではない。

 俺達にも更衣室を使わせてくれても、と思うのだ。


 ちなみに、男子がプールの男子更衣室を使えないのには理由があり、むかし男子更衣室で馬鹿騒ぎをしたアホどもがいて、更衣室が大変なことになったのだそうだ。

 使用済みの男子の水着を集めて、一つのロッカーに詰め込んでいたやつがいたらしく、異臭騒ぎで真夏に男子更衣室が使えなくなったとか……。


 恐ろしい、恐ろしい。


 俺達はプールサイドにワイシャツやタオルを置くと、塩素マシマシなシャワーが降り注ぐ半身浴的なところをざっと通過。

 メガネを掛けてる奴が、「目が、目がぁー!」とか言ってた。


 そして、再びプールサイドに戻り……。


 男達は真剣な眼差しで一箇所を見据える。

 そう、女子更衣室からの出口だ。


 やがて予鈴が鳴り響き。

 男達の間に緊張感がみなぎった。


「……来る……!!」


 誰かが呟く。

 ドアノブが回り……。


「うっしゃーいちばーん!」


 女子が飛び出して来た!

 興奮する男達。


「あたしが一番早かったねえ」


「なんだ水戸ちゃんか」


 男達は冷静になった。

 布田以外。


「うおおー! 南海ー!! 超セクシーだぜー!!」


「ひゃあー! 唐人の上半身が裸! エロすぎだよー!」


 いつものバカップルだが、言葉は慎めよ!?

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