熱い夏休み

第51話 夏休み間近の日

 七月は夏だ。

 もうすぐ、高校最初の夏休みもやって来る。


 そして夏となれば……戦隊ものも内容にテコ入れが起こる。

 まずは、子ども達の夏休みなどを狙った特撮映画祭り。

 そして映画祭り合わせのおもちゃが発売する。


 特撮モノのおもちゃは高価だ。

 とても、お小遣いだけだと手が出ないし、何より嵩張る。


「……別に嵩張ってもいいんだが、どうせ毎年違う作品に入れ替わるしな……。なんて思ってたんだ。去年までの俺は」


 俺は鼻息も荒く、机の下で拳を握りしめる。


「ライスジャーグッズは絶対いる。舞香との思い出になるからな! そのための資金稼ぎをしなくちゃいけないし、映画祭りを見に行く約束も取り付けなくちゃいけない……! 今年の夏は熱くなるぞお」


 暑いではない。熱い。

 俺の気持ちがホットになる夏という意味なのだ!

 メラメラとやる気を燃やす俺。


 ちなみに期末テストが終わり、今は学校全体がまったりした空気に包まれている。


「稲垣ー。何をぶつぶつ言ってるのだお前は」


 佃に肩を小突かれた。


「そんなことより稲垣。プールだぞプール」


「おう。なぜか期末テスト後に始まる水泳の授業な」


「先輩から聞いたんだけどよ。この学校の水泳の授業、ほぼ遊びらしい。体育教師は見てるだけで何も指示しないってよ。つまりどういうことだと思う」


「どういうことだってばよ」


「女子の水着見放題じゃねえか!!」


「あっ!! お前はまさか天才……?」


 俺は佃を見直した。

 いつもスケベなこととかラッキースケベなことしか考えてないと思っていたが、そうではなかったようだ。

 計算的にスケベなことも考えられる男なのだ。


 俺は視線を前方へ送る。

 扉側前方で、舞香が取り巻き達とお喋りしていた。


 舞香の水着……。

 それを思い浮かべるだけで、夏の計画など頭の中から綺麗に消し飛んでいくのだ。


「いつだっけ」


「明日だよ。学校の水着買わされただろ」


 そう言えばそうだった。

 明日か。

 明日、舞香は水着に……。


 待て。

 本当に、米倉グループの息女がスクール水着になってあの脚線美を俺達の目の前に晒すと言うのだろうか?


 いや、よく考えてみたらヒーロースーツで彼女のボディラインはしっかり出てたし、あれもある意味広義の水着……。

 ……待て、俺よ。


 舞香も麦野も、下着の線が出てなかったよな……?

 あれはどういう……?


 まさか下着をつけてない……いやいやそんなことは。

 しかしこんなこと、舞香には聞けないし……。

 気になる……!!


 悶々とする俺だった。





「あれはね、着物用の下着をつけていたの。和装用のショーツっていうのがあってね?」


 自分がいかにスーツを着る時、下着の線が出ないように苦労したかという話を、舞香は俺にした。

 こうすることで、彼女からあの時の苦労話を聞き出すきっかけにするのだ。

 お陰で、舞香はスムーズにその時の話をしてくれた。


 これは、いつもの十分間のやり取りだ。


「ああ、なるほど。なんか、幅が広い感じの布みたいなの?」


「そう。上はそうなんだけど……下はお師匠様のおすすめでね?」


 お師匠様というのは、舞香に日舞を教えている先生のはず。

 御年五十になろうかという方で、日舞の世界ではめちゃめちゃに若いらしい。

 しかし、相当な実力者として一目置かれている、伝説的な方なのだとか。


 俺も一度見たことがあるが、異常に若く見えて、これが美魔女……!? とか思った。


「ええとね、ええと」


 舞香がそっぽを向いて、ぶつぶつ言っている。


「どうしたの」


「あのね、別にその、エッチな意味じゃないんだけどね。下着がその、紐みたいなので……」


「ひもっ」


 紐みたいな下着!!

 俺はひっくり返るところだった。


 それってつまり、あのスーツの下にTバックみたいなのをつけていた?


 そう言えば戦隊のスーツ、上着と下着でセパレート式になっているので、体に密着するとは言え、Tバックくらいの細い紐ならばわからなくなってしまう作りではある。


「紐みたいなのなの。案外、着物を身につける人は穿いてるんだよ? あれって凄いの。本当に下着の線が出ないから……。春ちゃんは心細いーって言ってたけど。あー、春ちゃんが着たら凄かったなあ」


 むちむちしている麦野がTバックかあ。

 考えるだに、思春期男子を殺しに来ているようなシチュエーションじゃないか。


 それはやばい、やばいよ。

 佃とか掛布が死ぬ。

 俺も半分死ぬ。


 舞香がTバック穿いてたと聞いただけで、俺は完全に死んだ。

 だめだ、やばい。

 頭の中から妄想が離れなくなった。


「……稲垣くん? なんでそっぽ向いてるの? なんか耳が赤いけど」


「いやー、その、男子の生理的なあれみたいな……」


「もしかして……想像してる?」


「……はい」


 思わず答えて、しまった!と思う。


 舞香が無言になった。

 すぐ横で、地面をばたばた踏む音がする。


 お、怒った!?

 ちらっと見たら、彼女は両手で顔を覆って、何かぶつぶつ言っていた。


「あんなこと話したらエッチなこと話したみたいなものじゃない。私何やってるの。ばかばかばか!」


 その仕草が猛烈に可愛くて、俺はまた悶々としてしまった。


 ということで、この日の十分間は半分は沈黙のうちに終わってしまったのだ。

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