第44話 家の中でもアクション!
本場、スーツアクター経験者からの講義は流石に違った。
実践的な殺陣と、一つ一つの動きの意味を教えてくれる。
芹沢さんとの練習で基礎体力を養い、元スーツアクター氏の講義で実践的な動きを習う。
完璧だ……!
問題は、常にこの動きを復習しておかないと不安になることだな。
「ちょっと穂積くん! 家の中で踊るのやめて!」
「これはヒーローショーのアクションなんだ。復習をな、復習」
「やだ、なんか穂積くんの動きがキレッキレになってる……! きしょい!」
うちの妹はひどいことを言うな!
夕食が終わった後の我が家の居間でばりばりポーズを決める。
この時間、父は風呂。
母はテレビで動画配信サービスの映画を見ている。
誰も俺に注目していないから、広い居間でどう動いても自由なのだ!
……と思ったらだ。
「なんで穂波は今日、下にいるんだ」
「んー、なんとなく?」
なんとなくで兄の研鑽の成果にひどい言葉を投げかけていいものか。
「でも、穂積くんもっと運動とか苦手じゃなかったっけ。今の、ダンスの授業でもなかなか無いくらい動きがヤバかったんだけど」
「そうか?」
俺、ちょっと気分を良くしてアクションをしてみる。
おほー、この一ヶ月鍛えたお蔭で、足が上がる上がる。
「めっちゃ足上がってる!!」
「二人ともうるさーい!! 静かにしなさーい!!」
母が怒った。
俺と穂波で顔を見合わせ、指先で作ったバッテンを口の前に。
この人は映画の邪魔をすると怖い。
「って、あら。穂積、体柔らかくなったのね? ああ、もともと柔らかいんだっけ? へえー。体が柔らかいと肩こりとか腰とか痛みづらいからいいのよねー」
また映画に戻ってしまった。
まあ、今の俺はスーツを身に着けてるわけでもないしな。
クロマイジャースーツが、俺のサイズに合わせて仕立てられてくる。
ちょっと筋肉がついた状態を想定するらしいが……。
「最近ちょっとだけワイシャツがきついからもしや筋肉が?」
「太ったんじゃないの?」
「なんてデリカシーの無い事を言うんだ!」
あそこまで体を鍛えて、その分ガツガツ食べて、よく寝て……。
太る可能性もあるのか……!
「やべえ。肉の脂食べるのやめておこう」
「なんで女子みたいなこと言ってるの」
「脂肪ついたら困るんだよ、今。七月には本番なんだから」
「七月ぅ? 何があるの? ……あっ、海水浴!!」
「いい線突いてるけど違う」
まさかボランティアヒーローショーとは思うまい。
ああ、そう言えば海開きするもんな。
そうなれば、海水浴という手もあるのか。
去年は佃と男二人で遊びに行ったけど、今年は……。
俺の脳内を、舞香の水着姿が駆け抜けた。
見たことがないものだ。
故に妄想である。
だが、思い描いた彼女の水着姿は強烈だった。
「……鍛えるわ」
「うわっ、穂積くんがいきなり腕立て始めた! えっ、指腕立て!? キモっ」
「二人とも出ていきなさーい!! 映画見てるのー!!」
ということで、俺と穂波は居間を追い出されてしまった。
「穂積くんのせいでは?」
「お前が色々台無しなツッコミしてくるせいでは?」
「いや、だって普通居間で腕立てとかハイキックしないじゃん」
「そりゃしないかも知れないけど、なんか黙ってられないんだよな」
「うわっ、廊下で柔軟しないで! 穂積くんが脳筋になった!」
「脳筋とはひどいな!? 期末の勉強もちゃんとしてるんだぞ!」
「そっか……穂積くん成績はそこそこ良かったもんね……。むかつく」
「さてはお前、受験勉強でストレス溜まってるな?」
「うぐーっ!! わたしも、海水浴行きたいのーっ!!」
穂波が歯ぎしりしながら足をドタバタさせた。
「おー、なんだなんだ、二人で廊下で徒競走でもするのか?」
父が湯気を立てながらご機嫌で風呂場から出てくる。
この間通販で買ったバスローブを着ているけど、似合わないなあ。
この人なで肩だからなあ。
「お父さん! 年頃の娘がいるのに裸で歩きまわらないで……って、なにそれ」
「穂波が嫌がるから、父さんバスローブ買ったんだぞ。とても着心地がいい……」
「ええ……キモ……じゃない。なんか、こう、お金持ちみたい」
「だろう? この格好でワイングラスとか持ちたいよな」
ご機嫌な父、今まさに映画に夢中な母のいる居間へ。
「じゃあ、俺はFINEで会議があるからな。また明日」
「あーっ、穂積くん逃げた! あーん! 受験生の妹を一人にしないでー! 勉強ばっかりでいやなのー!」
俺も去年通った道だ。
耐えろ妹よ。
おこめ『スーツができあがりました!』
稲穂『おー!』
佃煮『おおおおお』
お麩田『おほー』
フリカケ『やりますねえ!』
舞香がアップしたスーツの写真に、どよめく俺達。
本格的なヒーロースーツだ。
そして、舞香がハクマイジャースーツを身に着けた写真も……!!
うおー!
こ、これはハクマイジャーと言うにはセクシーすぎるのでは?
セクシー罪で逮捕されないだろうか。
おこめ『あまり私の体の線が出ないように調節してるんだけど』
男達が静かになった。
言いたいことがあるが、言うとセクハラになりかねないからな。
このグループチャットは麦野春菜が監視しています!
とりあえず、そんな美しい曲線な体つきをした男がいるか……!!
ちびっこの目は厳しいと聞く。
舞香たっての希望でハクマイジャーだが、どこまで通用するか……!
おこめ『明日は衣装合わせで、今週末に本番だよ。がんばろう!』
いよいよ来るのか、本番が。
だがその前に、舞香のスーツ姿の本物を拝めるのだ。
湧き上がる煩悩。
俺はこれを鎮めるため、自主トレーニングに励むのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます