第43話 スーツアクターさん現る

 本日は、現職のスーツアクターさんが講師になってくれる日。

 道場の一室で、俺達は妙な緊張感とともに彼を待った。


 スーツアクターさんが何者なのかを知っているのは、俺と舞香だけ……いや、もうひとりいるか。

 なぜか、ワクワクした顔で壁際に待機している一竜さん。


「ちょっと麦野ん! あのイケメン誰!?」


 水戸ちゃんが興味津々だ。


「あの人はね、舞ちゃんのお兄さんの一竜さん。怖い人だからあんま近づかないほうが……」


「舞香さんのお兄さーん、はじめましてー!」


 恐れを知らぬ水戸ちゃんが手を振った。


「やあ、はじめましてー。今日は楽しんでいってね。僕が全力でセッティングした場だから」


 おお、にこやかにやり取りしている。

 水戸ちゃんの思い切りの良さと、一竜さんのコミュ力が噛み合っているのかも知れない。


「な、南海がイケメンに騙されてしまう!」


 ハラハラする布田である。

 一竜さん、芹沢さんにまだアタック続けてるみたいだから、その辺は安心じゃないだろうか。


「はい、Tさん到着しました!」


 芹沢さんがやって来て、俺達に緊張が走る。

 Tさんは現役スーツアクターで、ちょっと前までは戦隊やメタルヒーローものの主役の中に入っていた人だ。

 今はサブに回っているが、ニ十年以上に渡って主役を演じてきた演技力、そして五十代に差し掛かったとは思えない体のキレ。

 とにかくすごい人なのだ。


「やったね、本物のTさんだ」


 一竜さんが子どもみたいに喜んでいる。

 あなたが渡りをつけて呼んだのでは……?


 ここで、ハッと我に返る一竜さん。

 咳払いをしてから歩み出た。


「みんな。彼はTさん。多忙な中、今回は無理を言って来てもらったんだ。一時間ちょっとのこの講義だけれど、存分に自分のものにして行って欲しい。Tさんは不定期だけど、スーツアクターを目指す人のためのワークショップを開いているそうだから、興味があったら尋ねて行くのもいいんじゃないかな。では、こんなところで。Tさん、お願いします」


 おお……。

 一切おちゃらけたところがない、真面目な一竜さんだ。

 凄いカリスマを感じる。


 すぐ横で、凄い鼻息が聞こえた。

 ちらりと見ると、隣に座っている舞香が興奮で顔を赤くしている。


 そうだよなー。

 俺も君もこういうの大好物だもんなー。


「ご紹介にあずかりましたTです。皆さんはこれから、ボランティアでヒーローショーをすると聞いて、その動き方についてお伝えしようとやって来ました。基礎はできているそうなので、とりあえずみんな立ち上がって動いてみてくれますか」


 おお、落ち着いた声色。

 その目の光はプロのものだ。


「じゃ、じゃあ俺が」


 挙手する俺。

 舞香も手を上げた。


「私もやります!」


「分かりました。見せてください」


 俺と舞香で向かい合う。


 ……あれ?

 そう言えば、舞香と殺陣をやるのって初めてなのでは……?


 よし、じゃあ俺のかっこいいところを舞香に見せねば!

 舞香も決意を固めた目で俺を見る。

 そして、アクションが始まる。


 互いに、ライスジャーを深く研究した仲だ。

 変身ポーズだけでなく、ハクマイジャーとクロマイジャーのアクションの癖をトレースしている。


「おおっ。なかなかよく見てますね」


 Tさんがちょっと驚いたようだ。


「君がハクマイジャーで、君がクロマイジャーか。ヒーロー同士で戦うシチュエーションも最近では多いですからね。それを自分たちなりに解釈して、アクションに落とし込む。いいと思います」


 ここでTさんが進み出る。


「ただ、それはアクターが演じるヒーローを模している状態でもある。ヒーローになる前の役者の動きを思い出してみてください。これはとても難しいことだから、普段はそこまで要求しません。だけれど、君達ならできる」


 俺とTさんが向き合った。


「僕はハクマイジャーのアクターではないですが、研究のために番組はチェックしている。僕なりの解釈を受け取ってみてください。では行きますよ」


 Tさんが動き出した。

 一見すると、さっきの舞香の動きをトレースしているようにも見える。

 だが、これは……。

 こ、これは────!


 一瞬、俺がテレビの中にいるような気持ちになった。

 そして目の前にいるのは、ハクマイジャー!


 テレビの中の彼らを思わせる、生きたアクションが俺に突きつけられたのだ。


 やばい。

 何ていうか、アクションの鮮度がすごい。

 俺も必死に、ついていこうとした。


 脳内で思い浮かべるのは、クロマイジャーに変身する前の姿……!

 彼の動きをイメージして、それをクロマイジャーとしてのアクションに活かす!


 気がつくと、殺陣は終わっていた。


 俺は肩で息をしている。

 Tさんは微笑みながら、俺の肩を叩いた。


「今度、僕のワークショップにも遊びに来て欲しい。君はさらに、色々なことができるようになると思います」


「は、はい!」


 横で見ていた舞香が、目をキラキラさせている。


「すごかった……。すごくよかった……」


「芹沢さんに鍛えられたお陰かも知れない……!」


 見様見真似でしか無かった、芯の入っていないアクションがもともとの俺。

 そこを、芹沢さんによって基礎体力アップのためにしごかれたので、俺の体は見違えるほど引き締まってきている。

 そのお陰であのアクションができたのだ。


「もちろん、皆さんにこれほどの動きを要求するつもりはありません。ですが、ヒーローにはヒーローなりの、悪役には悪役なりの動きのお約束があります。これを今日は学び、以降は自主練習してもらいたいと思っています」


「はい!」


 道場によいお返事が響く。


「では始めましょう!」


 その日の連中は、とても充実したものになった。

 いやあ……体を動かしていて、こんな楽しい気持ちになるとは……!


「米倉さんはTさんと立ち会わないの?」


「もう……私……胸が一杯で……。立ち会ったら泣く……」


「それはまずいね……」


 舞香は舞香で、とても幸せそうだったのでよしとしよう。

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