第31話 舞香参戦

「私に言わなくちゃいけないことがあるでしょう」


「うっ、確かにそうだけど……いつから気付いてたんだい?」


「最初の休み時間かな」


 いつもの十分間。

 いつもどおりの特撮トーク……とはいかなかった。


 俺と舞香で正座して、校舎裏の一角で膝を突き合わせて座っているのだ。

 足の下には、舞香がどこからか調達してきたダンボールが敷かれている。


「はい、話して。私にできることなら、なんでも力になるから。それにこれは春ちゃんが関わってるでしょ? 親友を放っておけないもの」


 舞香と麦野は、舞ちゃん、春ちゃんと呼び合う幼馴染らしい。

 人前では米倉さん、麦野さんだが、プライベートではとても距離が近い二人だ。


 それだけに、麦野が巻き込まれたこの恋人騒動が心配で仕方ないのだろう。


「米倉さんは友達思いだなあ。麦野さんも嬉しいだろうね」


 俺が言うと、舞香は腕組みをして、怖い顔になった。


「何を言っているの。君のことも心配なんだよ。春ちゃんも、稲垣くんも、私にとってはとても大事な人なんだから!」


 おおっ。

 舞香がこんなに強い口調で話すの、特撮以外のことでは初めてじゃないだろうか。

 彼女の真剣さが伝わってくる。


「そういうことで、稲垣くん。ちゃんと私の目を見て話して。みんな私に気を使って、話が届かないようにしていたけれど聞こえてしまうものだよ。だから私も気付いたの。だから、正直に言ってほしいの」


「ああ、分かったよ」


 俺も、気持ちを入れ替えて頷いた。

 そして、舞香の言葉を待つ。


「稲垣くん……」


「うん」


「春ちゃんのことを大切にする気持ちはちゃんとある?」


「ちょっと待てーっ!?」


 俺はすかさず突っ込んでしまっていた。

 事実確認とか何もかもぶっ飛ばして、確定事項として話すのやめてくれ!?


 舞香はきょとんとして、俺のツッコミが理解できないでいる。


「どうしたの? はっ、ま、まさか春ちゃんとのことは遊びで……?」


「違う違う! もう、根本から違う! 俺はそもそも、麦野さんと付き合ってなんかいない! あれは、あの写真は誤解なんだ!」


「誤解……?」


 舞香が首を傾げる。

 そして、急に彼女は、全身の力が抜けたようにへなへなとなった。

 いきなり横に倒れたので、驚いたのは俺だ。


「ちょっと!? 舞香!」


 すると舞香の体がビクッと跳ねる。


「な、名前でいきなり呼ぶのは反則だよーっ」


「あっ、いけね!」


 俺の癖が出てしまった。

 心のなかでは、彼女のことを名前である舞香で呼んでるから、咄嗟に名前呼びをしてしまうことがあるのだ。


 でも、おかげで舞香はしゃきっとしたみたいだった。


「あぁ……なんか、稲垣くんと春ちゃんが付き合ってない、って言われたら、急に体の力が抜けちゃって……。なんだろう私。なんかすごく緊張してたみたい」


 緊張って、なんだそれ。

 まるで俺と麦野が付き合ってたら、舞香が困るみたいな……。

 ……もしや舞香、俺のことを……?


 いやいや。

 待て稲垣穂積。自分に都合のいい発想をするな。

 世の中そんなに甘くないぞ。


「それで、結局どうしてそんな勘違いをされてしまったの?」


「話せば長いことながら……あ、いやあんまり長くない。実は米倉さんと最近どうなのって聞かれて、その報告のために駅向こうのアイス屋に行ったんだけどさ」


「どうしてそんな遠くまで?」


「麦野さんが、俺と二人きりのところを見られて、色々勘ぐられたくないからだって。だけどそこには他校の生徒がいて、しかも麦野さんの知り合いでさ。そこで、彼氏さんとか呼ばれたりしてやばいとは思ったんだ」


「なるほどね……」


 舞香が腕組みして、顎に手を当て、真剣な面持ちになる。

 とびきりの美少女がやると、絵になるなあ。


「つまりその子が君と春ちゃんの2ショットを撮って、それが知り合いの知り合いで女子達に回っていったって訳ね。だとすると……もう、学校のあちこちに広まってるかもしれないね」


「そ、そんなー!」


「女子の情報網って広いし、情報の正確さってあんまり重要じゃないんだよ。だから、ゴシップの方が拡散されるし、好んでみんな話題にするの。で、伝言ゲームでお話はどんどん変化していくわけ」


 舞香が語る。

 クラスの上品で物静かな感じとは違い、かと言って熱っぽく特撮を語るときとも違う。

 第三の舞香だ。


 米倉の家に英才教育されて、自分で物を考える頭を持った舞香の姿だ。

 彼女は、自分を取り巻く少女たちを、冷静に分析していたのか。


「多分、みんな春ちゃんを快く思ってるわけでは無かったのかも。だから、春ちゃんのゴシップが面白おかしく語られてるってわけだね。うーん」


 舞香が可愛らしく首を傾げてみせた。


「私をお飾りだと思っているのかな」


 うおーっ。

 なんか、舞香が凄い強キャラに見える。

 いやいや。


 米倉の家に生まれて英才教育されて、あの一竜さんの妹で、勉強でもスポーツでも学年トップの美少女がただのお飾りのわけがない。


「ねえ、稲垣くん」


「はいっ」


 舞香の眼力は、見たことがないくらい凄かった。


「私は、君と春ちゃんを助けます。今回の件では、私がハクマイジャーだよ」


 米倉舞香。

 やばい。

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