第29話 噂が広がっていく?

「その後、舞ちゃんとはどうなの。春菜はまだあんたのこと認めてないんだからね。いや、舞ちゃんの周りの男であんたが一番マシだとは思うんだけど、でも認めるわけにはいかないんだからね」


 どっちだよ。

 アイスをパクパク食べる麦野。

 このペースはやけ食い? いや、平常運転なのか。


「米倉さんとは仲良くやってるよ。詳しい話は秘密なんだってば。この間、俺達の趣味の話を教えたのは特別。緊急事態だったでしょ」


「それはそうだけどー。春菜の方が舞ちゃんと付き合いが長いのに、横からぽっと出なあんたが春菜の知らない舞ちゃんを知ってるっていうのがなんか、ムカつく」


 どうしろって言うんだ?

 まあなんか、俺が言うべきことも見当たらないし、一方的に麦野が喋りだしたので適当に相槌を打って聞いておく。


 そして、俺達のこんな関係を、周囲の何人かの女子が興味深そうに見ている。

 他校の生徒だから、噂にはならないと思うが……。

 なんだか落ち着かないな。


「うしっ、いっぱい話して満足したっ。あんた、聞き上手よね。なんか次から次へと話が出てきちゃった」


「そいつはどうも。麦野こそよく話題が尽きないよな」


「舞ちゃんの回りで目を光らせてるとねえ。他の女の子たちが色んなうわさ話を持ってくるの。そういうの春菜が全部聞いて、話しても良さそうなのを舞ちゃんに届けたりするわけ。だけど、大部分は話せないまま春菜の中に留まるわけじゃない? 本気出して喋ったら、こんなもんじゃないわよ」


「恐ろしい話だなあ……」


「だけど今日は、いっぱい話を聞いてもらっちゃった。稲垣くん、ここは奢ったげる」


「えっ、女子に奢られる……!?」


「仕事をしたら報酬を受け取るのはあったりまえでしょー。春菜だって、パパから市場原理ってものを学んでるんだから。なあなあでやっちゃうと、変なしこりが残んのよ」


 舞香といい、麦野といい、最近の女子は男にも奢ろうとしてくるのか……?

 いや、彼女達が変わってるだけな気がする。


 こうしてこの日は終わったのだけれど……。

 事態は俺が思いもしない方向に広がっていっていたのだ。




 翌日。

 俺が登校する時間は、米倉家のリムジンとちょうど行き会うくらいだ。

 芹沢さんとも挨拶したいので、俺は登校時間を早めている。


「おはようございますー」


 俺が挨拶すると、今まさに発車するところだったリムジンから、芹沢さんも挨拶を返してきた。


「やあおはよう。少年、今日も元気そうだね」


「お陰様で。舞香さん、元気です?」


「それは君の目で確かめるように。今日も一日、うちのお嬢様をよろしくね」


「はい、頼まれました。っていうか、普段は親衛隊をやってるのが麦野なんですけど」


「あはは、違いない。じゃあね」


 そう言うと、芹沢さんは去って行ってしまった。

 朝早くから仕事で運転して、帰りも、習い事も舞香に付き合って、勤務時間が長いんじゃないだろうかあの人。

 いや、もしかして、夕方になるまではフリータイムだとか?

 コネで入社したみたいな話をしてたから、あり得る。


 俺は芹沢さんの謎について考えながら、教室へとやって来た。

 途中、廊下で何人かの女子生徒にチラチラと見られている気がする。


 なんだろう?

 自意識過剰だろうか?

 俺が振り返ると、誰も俺を見てなどいない。


 うーん。


 教室に入ると、あからさまに視線を感じた。

 女子達の目が俺に向いている……?


「おはよう……」


「お、おはよう」


 なんだろう?

 自意識過剰……じゃないよな。

 明らかに意識されてる。


 ちなみに舞香はいつもどおりで、ちょっと微笑みながら小さく手を振ってくる。

 上品だ。

 かわいい。


 舞香が普段と変わらないということは、彼女以外の女子達の間に、何か俺を見なければならない理由があるということだろうか?


「おはようございます!」


 次に、元気な声をあげて麦野春菜が登校してきた。

 舞香の親衛隊長を務めるだけあって、彼女の家もそれなりのいいところなはずだが、麦野は常に歩いて通学している。

 今日も歩きだ。


 そして、女子達の視線は麦野にも突き刺さった。


「お、おはようございます」


「? おはよう。みんな、元気がないわねえ」


 男子達の目の前なので、麦野はおっとりしたキャラ付けになっている。

 演技というわけではなく、自分を使い分けているのだとか。


 女子達の前での厳しい親衛隊長。

 舞香の前での幼馴染としての顔。

 男子達の前での女の子らしい女の子という顔。


 そして俺の前での、ざっくばらんで男前な顔。


 全部本当の麦野なんだろう。

 面白いやつといえば面白いやつだ。


 彼女が来たことで、女子達は静かになったようだ。

 俺も、ショートホームルームが始まるまでをのんびり過ごすことにする。


 まだ、ちらちら視線は感じるが。

 すると、布田がやって来た。

 俺の友達の中で、唯一の彼女持ちというけしからん男だ。


「おい稲垣。あのよ、これマジ?」


「は?」


 いきなりそんな話をしてきたので、俺はどう反応していいか分からなかった。

 これってなんだよ。

 何がマジなんだ。


南海なみがさ、FINEでこんなの送ってきて」


 南海というのは、布田の彼女である水戸さんの名前だ。

 そんな彼女がFINEで送ってきたというのは……。


 写真だった。

 手ブレしてるけど、そこに映っている男女に覚えがある。


 ふわふわ巻き毛でうちの制服を着た、可愛い系の女子と……俺。

 女子はもちろん、麦野春菜。


「お前らさ、もしかして付き合ってんの?」


 なんてことだ。

 やっぱり事件になってるじゃないか麦野ーっ!!

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