第28話 あんた顔貸しなさいよ

 五月も終盤にさしかかると、舞香と過ごす十分間も「いつもの」と言えるようになってきた気がする。

 相変わらず彼女は多忙で、スーパーミニプラモの続きを作る時間もなかなか捻出できない。

 だけど、俺はこんな毎日に満足だった。


 まさか俺に、クラス一の美少女と楽しくお喋りできるチャンスが、ほぼ毎日訪れるとは……。

 高校生活、楽しいじゃないか。


 今日も舞香との秘密の時間を終え、彼女を見送った。

 校門まで見送ると関係がバレてしまうので、あくまで校舎の入り口まで。


 舞香の背中が見えなくなった頃……。

 不意に横合いから、ふわふわ巻毛の麦野春菜が出現した。


「うわっ、出た!」


「出たって何よ! 春菜がまるでオバケか何かみたいじゃない!」


 怒る麦野。

 これは俺が悪かった。

 謝りつつ、


「それで今日はどうしたの? またなんか大変なことが起こりつつあるとか」


「そうポンポンと事件が起こってたまるもんですか。至って平和よ」


 彼女は腕組みをしながらそう言うと、俺をじろじろと見回す。


「あんたねー。舞ちゃんと最近、すごく仲良くしてるらしいじゃない」


「ああ、おかげさまで。この間の事件では、麦野さんのサポートが無かったら危なかったよ」


「はあー? 春菜はサポートする気なんか全然なかったんですけど! むしろ、舞ちゃんに悪い虫がつくのが嫌なんですけど! でも、舞ちゃんに悲しい思いはさせたくないだけで、そのためにあんたを利用したんだからね!」


 デレなきツンデレだ!


「ちょっとあんた、顔貸しなさいよ」


「まるで昔のドラマの不良みたいな」


「うっさいわねー!? 最近の舞ちゃんの話を聞くだけよ! あんたは黙ってついてきなさい!」


 鼻息も荒く、大股で歩いていく麦野。

 俺が当然ついてくるものだと決めているようだ。


 面白そうだからついていくけど。


「あら麦野さん」


「あら、こんにちは。もうお帰りなの? 春菜も今帰るところなの」


 クラスメイトと行き合った瞬間、よそ行き麦野に変身した。

 この変わり身の速さが凄い……!


 当たり障りのない話をしたあと、クラスメイトをやんわり追い払った麦野。

 俺に振り返ると……。


「あんまりグズグズしてると他の人に見られるでしょ! 行くわよ!」


「お、おう」


 凄い勢いだ。

 これは頷かざるをえない。


 ということで……。

 駅裏にある、別の高校の生徒がよく来るアイスクリームショップなどに来ているのだ。


「なぜここに……」


「そりゃーそうよ。他校の生徒が多いでしょ? 女子ってのはね、連帯感で生きてるからアウェーなところには基本来ないの」


「麦野さんもアウェーなんじゃないの?」


「春菜は別に?」


「やっほーむぎのーん」


「やっほー!」


 おお、他校の女子生徒と気軽に挨拶を交わしている……!

 その後彼女は、うちとは違う制服の生徒たちと軽い世間話をして別れた。

 麦野春菜、日々の言動からぽんこつかと思っていたら、クラス内ヒエラルキーの管理とか得意だし、他校にも顔が広かったりするし、侮れない女子だ。


「ふっふー。見た?」


「見た」


「まあ、これは春菜が生徒会の末席に加わったでしょ? だから他の学校の人達とも会う機会があるだけなんだけど」


 なにそれ初耳。

 麦野春菜は、生徒会という校内で力を持つ組織に加わり、名実ともにヒエラルキー高い系女子としての地位を確立するつもりなのか。

 で、それは多分、舞香のためなのだ。


「そういう春菜のことはいいのよ。あんたどうなの。最近どうなの」


「どうと言うと? あ、米倉さんのこと?」


「あんたに聞くことなんかそれしかないじゃない! せっかくうちの生徒に噂されないような、他校のテリトリーまでやって来たってのに!」


 テリトリーなんてものがあるのか。


「ええと……米倉さん抱きつき癖があるとか? あと、麦野さんのことを春ちゃんって呼んでた」


「な、なにぃーっ! あんた舞ちゃんに抱きつかれたのかーっ!? ゆ、ゆるさーん!」


「うわっ、落ち着け麦野! 回りが見てる! 注目されてるって! それに抱きつかれてないから!」


「あっ! ……こほん。本当に本当ね? 抱きつかれてないのね? 舞ちゃん、お父さんと一竜さんくらいしか殿方には抱きついてないんだからね。あんた抱きつかれたらただじゃ置かないよ」


「抱きつくかどうかは米倉さんの選択では……? それで俺が罰を受けるの……?」


「そういうものなの!」


 憤然と鼻息を荒げ、アイスクリームをもしゃもしゃ食べる麦野。

 すると、甘いものを食べたせいか、彼女の表情がとろけた。


「あまーい」


 あっという間にアイスを平らげてしまった。

 お代わりを買うため、彼女は立ち上がる。


「よく食べるなあ……。太らないのかな」


 口にしてみてから、俺は脳内で麦野の胸元のことを思い出した。

 余分な栄養が全部胸に行くんだな……!


「ピスタチオストロベリーバナナチョコミントバニラ……」


 なんか凄いのを注文してるな……。

 麦野が何を持ってくるのかが気になり、カウンターを注視する俺。

 その肩を、ちょんちょん、とつつかれた。


「はい?」


「こんにちはー。あなた、麦野さんの彼氏さん? 麦野さん、こんな可愛いお相手がいたんだー」


「あ、や、違います違います」


「違わないでしょー。さっきから仲良く喋ってるじゃん。へえー、麦野さんが素でお話できる彼氏さんがいたんだー」


 あっ、他校の女子さん、何をスマホでポチポチやってるんだ。

 まさか俺と麦野の話をFINEで流す……!?


「お待たせーい!」


 そこへ、山盛りのアイスクリームを持った麦野が戻ってきた。

 うわあなんだそのアイス!

 極彩色になってるじゃないか!


「やっほー麦野さん。彼氏さん優しい? 楽しそうじゃーん」


「は? こいつは違うんですけど? 春菜は彼氏とかいませんけど?」


「またまたー」


 麦野と他校女子のやり取りが始まる。

 うーん!

 そうそう事件なんか起こらないと言っていた麦野が、事件を引き起こし始めているような……!?

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