第26話 こだわりの工具?
まさか……。
女の子とプラモ工具売り場を巡ることになるとは思わなかった。
そしてハッとする。
「米倉さん」
「はい」
「ミニプラモ、売り場で普通に買えばよかったのでは……?」
「そうなんだけど」
舞香は恥ずかしそうに笑った。
「この前のヒーローショーで、私、おもちゃ売り場に来たこと無いって言ったでしょ。だから、買いに来るにもハードルが高くて……。でも、家にミニプラモがあったら工具が必要なんだから来る口実になるもの」
「工具もネットで頼んでみたら?」
「私、素人だから分からないよ。だからベテランさんの意見を聞こうと思って」
な、なるほどーっ。
なぜか、お付きの芹沢さんがニヤニヤしている。
「なんですか芹沢さん」
「なんでもありません。お嬢様がヒーローを連れ出せて良かったと思っているだけですよ」
これを聞いて、舞香が焦りだした。
「なっ、何を言うの芹沢さん!! 違うからっ! 違うからねっ」
俺に向けても必死に否定してくるけど、必死過ぎて肯定してるのと変わらない。
かわいい。
結局、舞香は芹沢さんに背を向けて、ぷりぷり怒りながら工具を見ることになった。
と言ってもどれがいいのか分かってないので、本当に見てるだけだ。
「ええとね。ニッパーとヤスリだけあればいいと思う。塗装とかしないでしょ? 初めてなんだし、まずは組み立てられれば」
「そうなんだ? 最初から色を塗ったりするものなのかと思ってた……」
「ミニプラモは最低限色分けされてるし、シールがついてくるからそれっぽく仕上がるよ。本当に塗装をするなら、ものによってはパーツから塗らないとだし、マスキングテープもあった方がいいし、スプレータイプも用意したい。だけどほら、うちには清香さんがいるでしょ。塗料のにおいとか嗅いだら……」
「お母様、卒倒するね……。娘が不良になったとか言いそう」
言いそう。
ここは、面倒なアクシデントが起きる可能性は排除しておきたい……!
舞香の特撮趣味解禁を勝ち取るだけで、めちゃくちゃ頑張らなきゃいけなかったもんな。
「どれがいいのかな。全部同じに見えちゃう」
「多分そんなに変わらないよ。でも、そこそこいいのにしとけば問題ないんじゃない?」
「これとか」
「これとか?」
俺と彼女の声が重なって、偶然同じものに手を伸ばした。
ニッパーを取った俺の手に、彼女の手が乗ったのだ。
「あっ」
俺も彼女も、びくっとした。
そして硬直する。
……どうする……。
手を離すか? 引っ込めるか?
いやいや、それは彼女に失礼だろう。
だけど、このままじっとしている?
それもおかしい。
ここは自然に、自然に……。
「こ、これがいいんじゃないかなあー」
俺は平然を装う声を出したつもりだけど、明らかに語尾が震えている。
彼女の手がくっついたままで、ニッパーを手に取った。
「はい、これ」
左手でそれを持って、舞香に差し出す。
「う、うん。ありがとう」
彼女は小さくもごもご言いながらそれを受け取った。
うーむ……。
ふわふわして柔らかい手だった。
舞香の手はそんなに小さくないのだけど、肌触りはやっぱり、男どもとは違うなあ……。
ヒーローショーの時は、あの手を何回も握っていたのか。
くっ、感触が思い出せない……!
俺が内心で苦悩していると、舞香もなんだか似たような感じでもじもじしている。
状況が進まないのを見かねてか、芹沢さんが小さなバスケットを持ってきた。
お買い物用のプラスチックかごで、透き通った淡い紫の本体に黄色い取っ手がついている。
「はいお嬢様、工具はそれですね。稲垣くん、次の工具はどれですか?」
「あ、はい。この小さいヤスリで。ニッパーでパーツを切り取った後、跡が残るのでそれを削るんです」
「はいはい」
かごに工具を放り込み、芹沢さんはそれを舞香に持たせた。
「お嬢様、会計をしてきてください。せっかくのオフの日なんですから、ここで時間を食っていてはもったいないですよ」
この言葉に、舞香がハッとした。
「そ、そうね!! ちょっと行ってくるから!」
勢いよく、レジに向かって足を早める。
走らない辺りが育ちがいい。
「もう付き合っちゃいなよ君たちは」
芹沢さんがぼそっと言った。
なんてとんでもないことをサラッと……!!
「そこは、米倉さんの気持ちを聞かないといけないし」
「は? 見て分かるでしょ。あー、でも家柄とかあるものね。君がクリアしなければいけないハードルはまだまだ幾つもそびえ立ってるねえ。いやあ、難儀な娘と運命の出会いを果たしちゃったねえ」
他人事みたいにおっしゃる。
まあ他人事なんだけど。
しかし、幾つものハードルとか恐ろしいことをサラッと言わないで欲しい……!
お会計を済ませ、ビニール袋を抱えた舞香が戻ってきた。
さあ、これから彼女の家で作成会だ。
芹沢さんが告げた恐ろしいフラグの話は横に置いておくぞ……!
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