第25話 再開の10分間

「待った?」


「今来たとこ」


 デートかっ。

 いや、ある意味デートなんだよな。


 放課後、俺と舞香だけが過ごす十分間のおしゃべり。

 随分久しぶりな気がする。


「あのね、稲垣くん。これ……」


 舞香がスッと見せてくるのは、スマホのスクリーンショット。

 そこにあるものを見て、俺は驚愕した。


「こ、これ……! 密林ドットコムでミニプラモのコンバイナーゼットを買ったの!?」


「DX版は大きすぎて目立っちゃうから……。でも、ミニプラモなら机の上に飾っておけるでしょ。初めて注文しちゃった……」


 舞香がいたずらっぽく微笑んだ。

 ミニプラモとは、もともと食玩から派生している。

 それ単体でも愛好者が多かったものを、メーカーがより精巧で遊べる、小さなプラモとして商品化したのだ。

 主に、戦隊物のロボやメーカーのアニメに出てくるロボなどがラインナップされる。


 ちなみに、コンバイナーゼットとはライスジャーが乗り込むロボット。

 テレビでも、三台の超大型コンバインが並走しながら合体するシーンは迫力満点だ。


 新たな仲間たちはトラクターや、農薬の空中散布飛行機に乗り込むようだ。

 流出した情報に出ていたからな。


「米倉さん、プラモ作れたんだ……」


 すると彼女は、ちょっとうつむいた。


「実は……初めてで……。お母様がそういうの許してくれなかったから。でも今回は稲垣くんのマネをして、こういうものが欲しいから、お小遣いから購入しますって伝えたの。そうしたら許してくれて……!」


 ちらっと俺を見る彼女。


「ねえ、だから稲垣くんにお願いがあるの」


「な、なに?」


 舞香の頬が上気していて、なんだかこれから言うことに興奮しているみたいだ。


「私に、教えて」


「な、なにを?」


「プラモデルの作り方……! 必要な道具とか、作り方とか! えっと、他にもいるものがあったら教えてほしいの!」


「ああ、そういうこと」


 肩から力が抜けていく。


「もちろん、いいよ。俺もそんなに詳しくはないけど、ミニプラモはいくつか持ってるし、嗜み程度には知ってるから」


「よかった……! じゃあ、今日も付き合ってね。この後でちょっとだけお店に寄ってもらって、道具を買っていこうと思って。ちょうどね、部活も日舞のお稽古も今日はないから」


「なんだって……!?」


「それから、配送状況がね、もうすぐ家につくって言うから……稲垣くんに予定がなかったら……」


「予定がなかったら……?」


「うちで今から手伝って……!」


 危うく、その場に大の字になって倒れるところだった。

 なんだ?

 なんだ、この急展開は。


 昨日ミニプラモを注文したら、今日届く。

 それは最近のネット通販なら普通だ。


 だけど、昨日思いついて注文したものを、今日俺を誘って道具やらを買い揃えて手伝ってもらう……?

 なんて行動力なんだ、米倉舞香……!


「いいよ……!!」


 俺は全身の力を振り絞り、頷いた。

 今にも、わけのわからない衝動にこの場でのたうち回りたくなる。

 だが、こらえろ、こらえるんだ稲垣穂積!!


 別に特別なことに誘われたわけじゃない。

 舞香の家に行って一緒にミニプラモを作るだけじゃないか。


 いやいや待て待て!!

 それは特別なことじゃないか!!


 うおーっ!

 女子の家に誘われてしまった!?

 な、な、なんということだ!


「米倉さん。つかぬことを聞くんですけど」


「はい」


「今まで男性がお宅に上がったことは」


「兄さんがいますけど」


 そうじゃなくて!!


 首を傾げていた舞香だが、すぐに俺の質問の意図に気付いたらしい。

 彼女の真っ白な頬が、また真っ赤になった。


「な、ないに決まってるでしょ!」


「あ、やはり。俺がお邪魔してもいいので?」


「稲垣くん、この間もうちに来たじゃない。学校のお友達で家に来た男の人は初めてで……初めて……で……」


 舞香がうつむいた。

 頬の赤みが、髪の間から見える耳の先まで伝わっていく。

 なんかぷるぷるしている……。


 今、俺がいなければ彼女もここでのたうち回っているに違いない。


 そうだなあ。

 思ってみたら、清香さんを説得する時に、俺は米倉家に上がっていたもんな。

 つまり、舞香が初めてうちに呼んだ男は俺ということに……!


 今日は二回目ということか。

 むむむ……、特別な関係っぽい。


 そしてなんとなく、残りの二分間くらいお互い無言になってしまった。

 気まずい。

 とても気まずいぞ。


 だけど、貴重な十分間なので舞香はこの場を離れない。

 時間ギリギリまでいた後、立ち上がった。


「それじゃあ、校門裏口に迎えに行くから!」


「あ、ああ! じゃあね!」


「じゃあね!」


 二人とも妙に元気よく別れの言葉を告げて、秘密の場所を後にする。

 カバンの類は全部持ってきているから、俺の動きは早い。

 外履きに履き替えると、学校をぐるりと回って裏門へ。


 そこで少し待っていると、見慣れたリムジンが走ってきた。


 周囲を見回す俺。

 よし、誰にも見られていない。


 舞香の車に乗り込むところを見られたら、どんな噂が立つかも分からないからな。


 リムジンの扉が開き、舞香が俺を招いている。


「早く乗って! 行こう!」


「お、おう!」


 プラモの道具を買いに行くだけだっていうのに、まるで秘密の逃避行みたいなのだ。

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