第24話 一日護衛体験?
「なんでこんなことに?」
妙に体にフィットするスーツを着せられて、俺はリムジンの助手席に座っていた。
清香さんとの対決から、数日後のこと。
「そりゃあ、清香さんから君と舞香さんへのペナルティでしょ」
隣でハンドルを握るのは、芹沢さん。
晴れて謹慎が解けて、また護衛の筆頭に返り咲いたのだ。
ポニーテールの後輩さん、かなり喜んでたので、芹沢さんは人望があるんだなあ。
「つまりね、護衛をやらせて、どれだけ大変でみんなが舞香さんがいなくなった時に困ったかを体験してもらいたいんでしょ」
「原因の一端は芹沢さんにもあるのでは……?」
「あっはっは、私はもう、両親にめっちゃくちゃ怒られたからね……! 罰は受けた……。今後一年間風呂掃除担当になったよ……」
遠い目をして言う。
自業自得だけど、それは俺と舞香のためでもあるからなあ。
「……あの……稲垣くん?」
後ろから声がした。
いつものリムジンなら、運転席と後部座席は壁で仕切られている。
けれどこれは違った構造の車なので、後部からいつでも声がかけられるのだ。
「ごめんなさい、私のせいで」
「俺も自業自得なので大丈夫……! 米倉さんの護衛をやり遂げてみせるよ!」
俺は後部座席で申し訳無さそうにする彼女に、力こぶを作ってみせた。
うーん、服越しだから分からないけど、あまり筋肉も盛り上がってない。
我ながらインドア派だ……。
「君の鍛え直しもミッションに入ってる」
「はい!?」
芹沢さんがとんでもない事を言う。
「舞香さんのやりたいことがあってね。そこに君が参加するには、鍛え直さなきゃいけないという結論になってるの。大人しく、今日はびしばし鍛え直されなさい」
「ひいー。国際大会準優勝の人に鍛えられるの……!?」
そういう事になった。
舞香がこっちをチラチラ気にしながら、日舞の稽古に行ってしまう。
俺達は、待機用に用意された部屋にいるだけなんだけど……。
どう見ても、この部屋というのが道場なんだよなあ。
「なんで日舞教室に道場が?」
「どっちも畳を使うもの。それに日舞の先生、合気道の師範でもあるのよね。体を使う技だから共通する要素も多いんだって。先生の合気道の演武、本当に綺麗だよー。さあ、脱いだ脱いだ」
「ええっ、芹沢さんの前で!?」
「パンツとシャツだけになって道着を着ないといけないんだから仕方ないでしょ! それに私はひょろひょろしたもやしは好みじゃない! さっさと着替える!」
「ううっ、こっち見ないでくださいよ」
俺はもじもじしながら着替えた。
そして振り返ると、芹沢さんも既に道着になっている。
「えっ!?」
「ふふふ……。君が背中を見せている間に着替えたよ」
「俺の後ろで、女性の生着替えが行われていた……」
「変な妄想しない」
額を小突かれた。
芹沢さんはメガネを外すと、道場の中心まで俺を連れてくる。
「正面に、礼!」
芹沢さんが頭を下げるので、俺も真似をした。
あ、正面に神棚がある。
「私に礼!」
「あ、はい!」
頭を下げる。
「互いに礼!」
もう一回、今度は芹沢さんと同時に頭を下げた。
「じゃあ、やりましょ。私に礼をさせたのは、師匠に礼をするのが決まりだからなわけね。私の指導に従うこと!」
「は、はあ……。それで芹沢さん、なんで俺、柔道をすることに……?」
「君の体力をつけるためだよ。ああ、言ってなかったっけ。舞香さんね、君と見に行ったヒーローショーに凄く感激しててね? それで、彼女が何を言ったと思う?」
「何って、また見に行きたいとか?」
「自分もヒーローショーに参加してみたい、だって。あの娘、ヒーローになりたいんだよ」
「ふおお……!」
とんでもない話を聞いてしまった。
まさか、米倉グループの社長令嬢ともあろう人が、ヒーローの中に入ってステージの上に立ちたいとは……!
そう言えば彼女、俺みたいにファンとして楽しむだけのタイプじゃなく、自分自身をヒーローに重ねる発言が多かったな。
つまり、コスプレとかしたいタイプだろうか……?
舞香のコスプレ……?
悶々とする俺。
すると、額を小突かれた。
「また妄想してる! だけどその元気はよろしい! じゃあ、妄想のパワーを使って稽古を始めちゃおうか! ……と言っても、今日は体の基礎づくりだけだけど」
「……ということは、乱取りとかはない?」
「まだまだ早い!」
「そっかあ……」
密かに、女性と組み手するのかなーと期待してた自分を恥じるばかりだ。
俺の中のすけべな根性よ、反省しろー!
結局その日は、舞香の稽古が終わるまでの間、みっちり芹沢さんにしごかれたのだった。
全身がだるい……!
絶対に今日の夜辺りから筋肉痛になる……!
「……稲垣くん、大丈夫?」
「だっ、大丈夫っ!」
心底心配そうな舞香。
あまりに心配で、稽古に身が入らなかったらしく、先生にめちゃめちゃ怒られたそうだ。
しかも、稽古でボロボロになった俺はまだ護衛任務が終わってない。
この後、米倉の家に帰るまでがお仕事なのだ。
リムジンに乗り込む。
体の疲れからか、車の振動が心地良い。
おお……寝てしまう……。
「寝ない! 護衛が寝たらだめ!」
「はいっ!!」
慌てて目を開いて助手席でしゃんとする。
「ううっ、ごめんね稲垣くん……!」
後部座席から、申し訳無さそうな舞香の声がする。
心配されている……!
なるほど、これで俺も舞香も、護衛がどれだけ大変なのかを思い知ってしまうというわけだ。
効果的なペナルティじゃないか……!
いよいよ米倉邸が近いという辺りで、芹沢さんが俺に話しかける。
「それでね、稲垣くん。しばらく君は夕方の稽古に通いなさい」
「……はい?」
「鍛え直すって言ったでしょ。まさか君、舞香さんを一人でステージに立たせるつもりなの?」
「もしや、俺もヒーローショーのステージに立つ的な……?」
「当たり前でしょー」
「い、いやあ、体力的に大丈夫かなあ俺」
今日の稽古だけで体がボロボロな気分だ。
これはちょっときついんじゃないかなー、なんて思った俺。
だが……!
「ご、ごめんね稲垣くん。いつも私のわがままを聞いてくれるから、あなたに甘えちゃってたみたいで……。だ、大丈夫だからね?」
「いや、やるよ? 俺も米倉さんを一人にしないよ? 平気平気」
ポロッとやせ我慢を口にしてしまう辺り、俺も男の子なのだ……!
すると、後部座席で安堵の吐息が聞こえた。
「良かった……。あのときも大丈夫って言ってくれて、本当に大丈夫にしちゃったもんね。稲垣くんはヒーローみたい」
嬉しくもあり、恥ずかしくもあり……!
芹沢さんがニヤニヤしながら、
「だってさ、ヒーローさん」
なんて言ってくる。
俺はもう、助手席でもじもじするばかりなのだ!
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