第23話 私も、好きなの!

 ポツポツと雨が降ってきて、米倉邸に到着した頃には本降りになっていた。

 空は薄暗くて、今にも雷が轟きそうな。


 雰囲気たっぷりだ。


 大きな門を車ごとくぐり、少し進むと本邸らしい。

 庭が異常に広い。公園か。

 だけど、注目している余裕なんて無い。


 自分の頬を両手で軽く叩いて、息を吐く。


「よしっ」


 なんか凄い緊張感だ。

 だけど、少しだけ気合が入った。

 これを見ていた舞香が、真似をする。


 ぺちっと音がした。


「舞ちゃん!? 顔は叩いちゃだめでしょー!」


「気合い入れだよ!」


 舞香のほっぺたが真っ赤になっている。

 だけど、彼女もやる気十分だ。


 俺達は車から降りると、決戦の地へと案内された。

 そこは、米倉邸の応接間みたいなところ。


 その一室だけで、俺の家の敷地くらいあるんじゃないか、みたいな広さをしていた。

 広すぎるだろ……!


 部屋の中に、豪華なソファにテーブル、調度品がわんさかあってグランドピアノまで置いてある。


 その中央に彼女はいた。

 ほっそりとした女の人で、眉尻を吊り上げて俺達を見ている。

 見た目は、舞香と一竜さんの母親だと思えないくらい若い。


 身につけている服とか、白い肌の色から、イメージカラーは青。


「来ましたね。そこにお掛けなさい」


 背筋を伸ばした、彼女……米倉清香さんが告げた。


 いよいよ、ボス戦だ。




「舞香の頬が赤いようですけれど」


「気合を入れるために自分で叩きました!」


「だから、彼の頬も赤いのね」


 何を想像してたんだ……。

 まず一言目はこんな話から始まった。


 舞香はかなり力んでいる様子で、声がいつもより大きい。

 やる気満々だ。

 だけど、相手は今まで舞香が逆らってこなかったお母さんだろ。

 冷静にいかないと足元をすくわれる気がする。


「あなたが、稲垣穗積くん。失礼ですが、あなたの家庭環境と周囲の評判を調べさせてもらいました」


「えっ!? あ、はあ」


 こえー。

 さらっと俺のことを調査済みとか言うのか。

 まさか、俺の弱みを握って……?


「お母様、まさか……」


 舞香も同じことを考えたようだ。

 余裕がなくなっている。

 だが、清香さんはため息をついた。


「普通です。どう調べても、どの調査結果も、普通。何もかもが普通。悪い評判は一つもないし、かと言っていい評判も目立ったものはない。ご両親の仲は円満だし、何も問題はないようですね、うらやましい」


 ちょっと本音が出なかった?

 俺が全てにおいて、中の中であることがお分かりいただけただろうか。


 ただひとつ違っているとすれば、俺が特撮を愛していることだけだ。


「そんなあなたが、どうして舞香の立場に物を言うのですか? あなたには何の関係もないでしょう。女として舞香を見て、その立場を救おうと言うのでしたら筋違いです。私は舞香の将来のために事を成しています。あなたに舞香の将来を保証はできないでしょう」


 正論で詰めてくるつもりだ。

 舞香が口をむにゅむにゅさせた。

 あれはいつものと違って、言うべきことが見当たらない顔ではないか。


 でも、舞香。

 俺が言うことは一つしかないので、悩む必要はないんだ。


「舞香さんと僕とは、特撮を愛する仲間です。だから僕が言いたいことは一つです。舞香さんが大手を振って、特撮が好きだと言えるようにしてあげてください。僕も全力で協力するんで!」


「……?」


 清香さんが戸惑いを見せた。

 多分、想定しているのと全く違った方向からの意見だったんだろう。


「えぇと……ちょっと待って。とく……さつ……?」


「ご存じないようでしたら、説明します」


「え、ええ。お願いするわ」


 俺はカバンを開いた。

 この日のために、俺は用意してきたんだ。

 一竜さんとのやり取りの後、好きなものをプレゼンするということがいかに大事なのかを思い知った。


 俺は父の書斎でそれ用の本を借り、仕事から帰ってきた両親に教えを請いながらこれを作り上げた。

 特撮用のプレゼン資料だ。


 まさか、高校一年にしてこんなものを作ることになるとは思わなかった……!

 だが、父が言っていた言葉を思い出す。


『好きなものを興味がない人に伝えるには、よっぽど分かりやすくないとな。ママは最初俺に興味なくてなー。なので、俺はママのことがどれだけ好きなのか、分かりやすくプレゼンして落としたんだ』


『この人、最初は変な人だと思ってたんだけどねー。これこれこうだから好きとか、これくらい大好きとか、こんなに好き好きとかやられたら、ちょっとおかしくなっても仕方ないよねえ』


 未だにうちの両親はめちゃくちゃ仲がいい。

 息子に気を使えと思うくらいだ。

 だが、そこにヒントがあると俺は睨んだのだ。


「特撮とは……SFXのことなんですが、これをごらんください! ざっと歴史をまとめてきました」


 本当はプロジェクターとかで映せればいいんだけど、俺にそんなもの用意できるわけもない。

 だから、父のパワーポイントを真似した紙芝居だ!


「こちらの資料をどうぞ!」


 パンフレットみたいにして作った簡易資料を手渡して、説明する。

 特撮って何? という基本的な話と、簡単にわかる歴史の話。

 清香さんの時代だろうな、という戦隊ものの話を交えたら、彼女の理解が深まったようだ。


「ああ……聞いたことがあるかも知れないわね……。まだやっていたのね」


「もう半世紀近くやってます」


「半世紀……! 歴史が深いものなのね」


「伝統芸能みたいなものかも知れないですね。そしてそれのルーツは海外の映画にあって、そこから特撮は行われてて……」


 舞香が驚いた顔で、俺を見ている。


「詳しいことはこちらの資料を見てください。僕と舞香さんが好きなのは、つまりこれです」


「ふうん……」


 清香さんが考え込んでいる。

 そして俺に目線を戻した。


「だけど、たかだか趣味でしょう? ならば舞香にそぐわないと思ったら、やめてもらっても構わないのじゃなくて?」


「それを判断するのは舞香さんだと思います」


「舞香はまだ子どもだわ。子どもに判断力はないから、親である私が判断してやめさせるの。舞香の将来のためよ。少しでもおかしなもの、失敗につながるようなものには触れさせられない」


「お母様っ! わ、私は子どもじゃ……」


「いいえ、まだ子どもよ。少なくとも、あなたは私の庇護がないと生きていけないでしょう? 子どもは親の言うことに従うものよ」


「うう……」


 舞香が言葉を紡げなくなっている。

 涙目になって、うつむく。


 俺はちょっと深呼吸をする。

 清香さんという人、間違いなく舞香のことを心から思ってる。

 だけど、なんか色々違うなって思うところがある。


 だから伝えなきゃいけない。

 俺は決心して口を開いた。


「趣味じゃなくて、好きって気持ちは生き方です。これ、自然に変わるまでは誰も変えられません」


「……生き方……? 特撮が? そこまでのものなの?」


「少なくとも、俺は特撮が好きです! 子供の頃からずっと好きです!!」


 俺は胸を張った。

 舞香がハッとする。

 そして袖で涙を拭ったあと、清香さんに向かって身を乗り出した。


「私も、好きなの! 大好きなの! 小さい頃からずっと、ずっと、ずーっと好きなの!!」


「……ちょっと待って。もしかして舞香。あなたが好きだって言っているのはあの子供番組の……? あれが特撮なの? あれが……」


「あれが好きなの。大好きなの!! 私、あれが好きで好きで好きで、だけど誰にも言えなくって……でも、そうしたら稲垣くんがいて! 彼が同じものを好きで! だから、私嬉しくて、毎日楽しくて……!!」


 清香さんの目が見開かれていく。


「ま……舞香がこんなに必死になるなんて」


 なんか違うところにびっくりされてる気がする。

 だけど、清香さんは俺達の言葉に聞く耳を持ってくれた気がする。


「お願いします! 舞香さんに、好きなことを好きだって表現するの、許してください! 俺も、舞香さんと戦隊物の話するの楽しくて! だから、彼女の楽しいを認めてあげてください!」


「そ、それは、それは……」


 清香さんは言葉を失った。

 そして、彼女は息を整えてから立ち上がった。


「今日はここまでにします。私も、勉強しなければいけないものができたみたいだから。それと、稲垣穂積くん」


「あ、はい」


 突然の展開に、俺は虚を衝かれた。

 呼ばれて間抜けな返事をしてしまう。


「好きは好きでも、いきなり舞香を連れ出すのは感心しないわ。きちんとアポイントを取って、こちらの了承を得なさい。子どもじゃないんだから。後で、二人ともそのペナルティは受けてもらいます」


 それだけ言って、米倉清香さんは去っていったのだった。

 ……これは?

 これは、勝負がお預けになったということなのか?


 俺と舞香は顔を見合わせた。

 舞香は目や、目の周りが真っ赤になっていた。


「どう……なんだろう。でも、お母様がちょっとだけ、分かってくれた気がする」


 そうして、舞香が微笑んだ。

 かわいいとおもった。





 ちなみに、隣の部屋で待機していた麦野は涙とか鼻水で大変なことになった感じで、戻って来た舞香に抱きついたのである。

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