第21話 彼女との関係をプレゼン!

「俺と米倉さんの間はですね」


「ストップ」


 いきなり待てがかかったぞ!?


「君の米倉さんという言い方はちょっとよそよそしいね。多分、心のなかでは舞香のことを名前で呼んでいるんじゃないかい? こういうのは魂が赴くままに口にしたほうがいい! うんうん。僕は不思議とそういうのがよく分かるんだ。それにここにいるのは僕とマイハニーと春菜ちゃんだけだろう? 構わないさ」


 麦野がこめかみをピクピクさせている……! 

 本当にいいのかな。

 だが、そうしないと話が進まなそうだ。


「ええと、俺と……ま、舞香さんの間はですね」


 じたばた動く麦野を、芹沢さんが止めている。


「特撮ファンです」


「君もか! 舞香が特撮を好きなのは僕も知ってる。彼女に特撮を見せたのは僕だからね」


「えっ、一竜さんだったんですか」


「そうさ。舞香は幼い頃はお人形のような娘でね。言われたまま、大人が望むままにハイハイと従ってるものだから、僕は不憫に思ったのさ。なので、彼女が普段接しているものとは真逆のものを見せてやったってわけ。なるほどね、君はその同好の士というわけだ!」


「は、はい。そうなります。俺、舞香さんがあの世界を好きなことをよく分かってるんです。舞香さんはとても生き生きしてて楽しそうで、そんな姿は他では全然見せないのに。舞香さんはちゃんとやってると思うんです。だから、彼女から特撮を取り上げるのをやめて欲しいと俺は思ってます! 舞香さんのお母さんにも直で伝えたいくらい……!」


「ああ、なるほど! 君が舞香行方不明事件の犯人だったわけだ!」


「行方不明事件!?」


 芹沢さんを見たら、すっと目をそらした。

 麦野が驚愕に口をぽかーんと開けて、ぷるぷる震えている。

 リアクションがどうしていちいち面白いんだ。


「GWの最終日にね。舞香が外に出たいとわがままを言ったそうなんだ。そういうわがままが珍しいから、

護衛連中もたまにはいいかと一緒に外に出たらしい。そうしたら、非番のはずの護衛のリーダーが出てきて、片っ端からみんな地面に転がしたらしいじゃない?」


「……芹沢さん?」


 芹沢さんが口笛を吹く素振りをした。

 吹けてない。

 この人、口笛ができないタイプだ。


「でも、舞香はすぐに戻ってきた。そりゃもう、すごい笑顔でね。だけど、一瞬でも行方がわからなくなったから、うちの母はとても心配したわけだ」


 そして、一竜さんは身を乗り出してきた。

 俺に囁きかける。


「それで……舞香はどうだったんだい? 君がエスコートしたんだろ? 僕はそれが知りたい。ずっと前に彼女に芽生えた種が、どう芽吹いたのかを知りたい」


「悪役みたいなこと言いますね……! 凄く喜んでましたよ。俺は、あの笑顔を守りたいです」


「笑顔! 舞香の笑顔か!」


 一竜さんは実に楽しそうに、自分も笑顔になった。


「どれくらい喜んでいたんだい? そもそも、何を見せたら舞香はそこまで喜ぶのかな? 恥ずかしながら家族である僕も、そこはよく分かっていないんだ。つまり君は、僕ら舞香の家族よりも深く、彼女のことを知っていることになる」


「詳しいことは秘密です。舞香さんと約束したから」


 そして、口に出せばあの大事な時間を、自分で貶めてしまうような気がしたからだ。

 あのときの舞香の最高の笑顔は、俺と、舞香と、ヒーローショーがあったから生まれたものだ。

 言葉にしてまとめてしまうことなんか、できやしない。


 たとえこのせいで、一竜さんの協力が得られなくなったとしてもだ。

 俺は不思議と、これに関してだけは意固地になっているようだった。

 だが、彼は笑みを一層深くした。


「オーケー。信用しよう」


「いいんですか!?」


「ここで君がペラペラ話すようなら失格だったさ。だってそれは、舞香を大事にしているんじゃなく、僕が作ったこの場の空気に屈したということだろう?」


「ええ……」


「こういう奴なんだよね。相手を懐に招いておいて、いざ相手が恭順した犬みたいに腹を見せると切り捨てる。ね、ヤバい奴でしょ? こんなのが次の米倉グループの社長になるんだよ?」


「ひどいなあ旬香! 僕はね、海千山千の方々がひしめくこの世界で、若輩の身でどう渡っていこうか日々、悩んでいるんだよ。腹芸なんてのはね、自己保身が強いやつなら誰だってできる。だけど、正しいと信じた方向に、誰かのために一直線なバカってのはそうそういないのさ。僕は、彼こそ好ましいバカだと思ったんだよ」


 けなされてるのか、褒められているのか。


「ぷぷぷー! そうよね、あんたバカだわ! 米倉グループに喧嘩を売るなんて! だから舞ちゃんを名前呼びとかするんだよ! やっぱり春菜が思ってた通りだったじゃーん!」


「おい麦野!? いきなり敵に回るのか!?」


「ふっふっふー! もともと春菜は、舞ちゃんと仲良くしようなんていうあんたが気に入らないんだからね! だけど、舞ちゃんのために協力してるだけなんだから!」


「な……なんだとぉ」


 これのやり取りを見て、一竜さんは声を出して笑った。

 ツボに入ったらしくて、口元を抑えながらもちょっと涙目になって笑っている。


「あは、あはははは、いや、失礼したね! 君は、天然の人たらしだね! 一直線なバカと言って失礼した! 君はもっと、人を惹き付ける才能を持っているよ。だから舞香にべったりだった春菜ちゃんが君と一緒に行動しているんだろうね。え、なに? 春菜ちゃんからアプローチしたのかい? へえー! 珍しいこともあるもんだね」


「もうー! 一竜さんーっ!!」


 顔を真赤にして怒る麦野。

 誰からも手玉に取られる麦野。恐るべし。


「というわけで、話は終わりだ。了承しよう。僕は君にBETすることにするよ」


「はい? それってつまり……」


「場を設けようじゃないか、うちのわからず屋と対決するためのね。君の上げる成果次第で、舞香の今後が決まる。期待してるぜ?」


 一竜さんは立ち上がった。

 仕事に戻るようだ。


「しかし、あの舞香がねえ……。きっかけは気になるところだけど、いいパートナーを見つけたじゃないか!」


 とても満足そうだ。

 俺はドッと疲れてしまった。


「ふいー」


「お疲れ様。あいつと一対一でやり合うとか、高校生の男の子にはキツすぎるよなーって思ってたけど、見事やりきったねえ」


 芹沢さんが満足げだ。


「なんか凄い人でした。心の中を読まれてるみたいな、見透かされてるみたいな」


「米倉の家にはたまーにああいうのが生まれるみたいなんだよね。人心を掌握して自由に操るみたいな……そう、君が言う特撮の悪役みたいな?」


「よくそんな人と俺をぶつけようと思いましたね!?」


「だって」


 芹沢さんはどこか自信ありげだった。


「君は舞香さんを守るヒーローでしょ?」

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