第20話 接近! これが彼女のお兄さん
すぐに芹沢さんが、一竜さんに連絡を取った。
スマホ越しに喋る彼女が、本当に嫌そうな話し方だったのが印象的だった。
「本当に嫌いなんだなあ。でも、それを押して電話してくれるってのは、米倉さんのためなんだね」
「ばっかねーあんた。そんなわけないじゃん! あの二人絶対まだつながってるんだから! 春菜の勘は当たるんだから!」
「麦野さん、そのへん詳しいの?」
「そうよ。今までどんだけ恋愛モノのマンガとか映画見てきたと思ってるのよ」
お、おう。
麦野春菜の恋愛に対する一家言は、自宅でスポーツ観戦しながら選手の動きに注文をつけるみたいなものだと理解しておこう。
その後、要件に関しての話が終わったらしい芹沢さん。
だけど、一竜さんの話が続いているらしい。
とても嫌そうな顔をしながら、通話を切れないでいる。
たっぷり三十分くらいして、ようやく芹沢さんが口を開いた。
「もう切るからね! はい、明日明日!」
そして、どっと疲れたらしくてソファにもたれる。
「あー……きついわ……。めっちゃアプローチしてくるあいつ……。めんどくさー」
「以前に告白をお断りしたんなら、すぐ通話を切ってしまえばいいのでは」
俺が言うと、麦野がわざとらしくため息をつきながら肩をすくめた。
うわー、むかつくなこのオーバーアクション。
「もうねー。稲垣くん、あんた恋愛初心者だから分かんないんでしょ? こういうのはねえ、なかなか切れないものなんだよ。春菜は詳しいんだから」
「違う」
得意げな麦野の額に、芹沢さんがチョップを入れた。
「ぐえー」
潰れたカエルみたいな声を出して、麦野が額を押さえる。
「と、年頃の乙女の額にチョップをー!」
「人の内心を詮索しない! マナーだよ。分かる? 分からないなら今度は首筋に行くよ」
「ひい、もうしません!」
麦野が椅子ごと、芹沢さんから遠ざかった。
クラスの女子に恐れられる麦野も、芹沢さんの前では型無なのだ。
「じゃあ、話を戻して……。明日、一竜さんに会えるんですか?」
「うん。時間を空けてくれるって。あいつも事情は分かってるっぽいもの。まずは君に会って話してみたいってさ、少年」
「お、俺!?」
いきなり俺にスポットが当たってしまった……!
そして翌日。
オフィス街って言うんだろうか。
そういうところにやって来るのは平日だと初めてだ。
思ったよりも道を行く人の数は少ない。
「みんなまだ仕事中なんでしょうか」
「そうだね。もうちょっとしたら17時でしょ? そうしたらドドッと出てくるよ」
下校時間と同じなんだろうな。
さて、俺達は見上げると首が痛くなるほど大きなビルに到着した。
芹沢さんの車で来たんだけど、これはビルの駐車場に止めることになった。
芹沢さんが米倉グループの社章みたいなのを見せたら、駐車場入口の人がかしこまった態度になったな。
「ね。旬香さん結構偉いんだよ。だからクビになったりしないの」
「なるほど……。米倉さんの護衛を請け負うくらいだもんね。信用されてるんだな」
「それも、この間の舞香さん脱走を手引した件でしばらくは自宅謹慎中なんだけどねー」
「……自宅謹慎……?」
車を乗り回して、米倉グループのビルにやって来ているのに謹慎……?
「いいのいいの」
さらりと言ってのけて、彼女は車を降りた。
俺達も芹沢さんに続く。
ビルの一階には喫茶店があって、そこで待ち合わせしているみたいだった。
建物の入口近くにあった金属の柱には、ビルに入っているテナントの名前が並んでいる。
全部、米倉◯◯とか、ライス◯◯とかついてる。
これ、米倉ビルだ。
向かったのは、喫茶店のソファがある席。
そこで、テレビドラマから出てきたようなイケメンがコーヒーを飲んでいた。
「来たよ」
「やあ旬香! 久しぶりだね。もっと連絡をくれてもいいのに!」
イケメンが立ち上がって、微笑んだ。
口の周りに泡がついてる。
カプチーノを飲んでたんだな。
「一竜さん、泡、泡が口に」
「おっと!! ありがとう、春菜ちゃん」
ポケットから取り出したハンカチで口元を拭うイケメン……いや、一竜さん。
なるほど、この人が舞香の兄か。
艶のある真っ黒な髪に、切れ長の目。白い肌。
確かに舞香によく似ている。
「そして、君が稲垣穗積くん、だね?」
「あ、はい!」
「待ってたよー! そうか、あの恥ずかしがり屋の舞香にも、ついに彼氏ができたかあ! うんうん! あ、お店に入ってきたらドリンク頼んでね。コーヒーは種類多いから、分からなかったら教えてあげるよ。甘いのがいい? ミルク多め? それともちょっと背伸びしてブラックかな?」
いきなり距離を詰めてきた!
なんか、こう、距離感がすごく近い人だ。
「気をつけなよ。あっという間に懐に入ってきて、十年来の親友みたいなポジションに収まるのがめっちゃくちゃ上手いのこの男。天性の人たらしだから」
「ええ……」
芹沢さんに耳打ちされて、ちょっと恐怖を感じる俺。
なるほど、さっきのちょっとしたやり取りだけで一竜さんに対する印象が良くなってしまっていた。
あれ、意識して他人の警戒心を解いてるのか。
「人聞きが悪いなあ、旬香。僕は君には嘘をつかないよ?」
「私には、ね」
意味ありげなやり取りだなあ。
それって、俺や麦野には嘘を付くよって宣言では?
とりあえず、飲み物を買ってこなくては。
この辺りは、芹沢さんの奢りになった。
「高校生のお小遣いを使わせるばかりじゃね。出世払いで返してね」
俺はアメリカンで、麦野はロイヤルミルクティ。
「……なによ。春菜は甘いのが好きなの。コーヒーって苦くて全然おいしくないんだもの」
「何も言ってないって!」
何かというと麦野は突っかかってくるな。
甘いもの好きとか、耳年増とか、自己主張がとても強い。
舞香とは逆だな。
あ、いや、特撮を前にした舞香はもっと押しが強くなるな……!
「さあ、それじゃあ話を聞こうじゃないか。ああ、舞香がどういう立場なのかは昨日調べたから話さなくていいよ。僕が聞きたいのは、君と舞香がどういう関係で、何をしたら舞香が半謹慎状態みたいになっちゃったか、だ。まあ、うちの母さんは繊細だからね、分からないでもないけど」
一竜さん。
舞香とは別の意味で、恐ろしく癖の強い人だ。
俺は、この人から協力を取り付けなくちゃいけないわけだな。
アメリカンをブラックのままちょっと飲んで、俺は苦さに顔をしかめる。
でも、気分が切り替わった。
おっし、やってやろうじゃん。
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