第19話 彼女を縛る人の名は
米倉清香。
つまりは、舞香のお母さん。
詳しいところは分からないけど、米倉の家に嫁いできた人らしい。
「すごく頑張ってる人だよ、清香さん。それだけにちょっと舞香さんには過保護かもねー」
個人情報を伴うお話だったので、俺、芹沢さん、麦野の三人で、近くのバーガーショップに集まって密談をしている。
普通にうちの学校の生徒も使うところだから、バレやすいと思うんだけど。
「サングラスしてるから誰も春菜だって気付かないに決まってるじゃない」
麦野がサングラスで変装してるつもりっぽい。
制服もそのままだし、髪型とか雰囲気とかまんまなんだけどなあ。
芹沢さんが笑いをこらえている。
そうか、麦野ってこういうタイプなのか。
いかんいかん。
舞香の話をするんだった。
「頑張ってる人っていうことは、もともとは俺達と同じ普通の人だったんですか?」
「うん。舞香さんのお父さんと同じ学校の後輩だったはず。大恋愛の末に結婚したっていう話だよ? でも、米倉の家はいいところじゃない? だから苦労したんだって」
「なるほどー。大変だった人だってことはわかりました」
「だからわからず屋なのよ」
芹沢さんが鼻息を漏らした。
そして、ダブルチーズバーガーにかぶりつく。
豪快に食べている。
「清香さんは悪くないと思うんだけど。春菜は色々問題あったのは、あんたの方かなーと思ったんだけど」
「俺?」
サングラス越しに俺をじろじろ見る麦野。
問題か。
思い当たることと言えば、たくさんあるぞ。
「そうか……。だけど、全部米倉さんが喜んでくれたもんな」
あえて何をしたかは口にしない。
それは彼女との秘密だからだ。
「だから腹が立つの! 春菜は舞ちゃんのことを思って色々したけど、全然舞ちゃんは明るくなんないんだもん。なのに、どうしてあんたと仲良くなったらあんなに楽しそうになるの? ムカつくー!」
そして、テリヤキバーガーにかぶりつく。
豪快に食べている。
ほっぺたにテリヤキソースがついてるぞ。
「じゃあ、舞香に10分間禁止令を出したのは清香さんってことで間違いないんだね」
「ほうね」
芹沢さんがもぐもぐしながら答えた。
お行儀がよろしくない。
「直談判するしかないか」
俺は心を決める。
実際に会って、何がいいのか悪いのかを話さなきゃいけないのではないか。
麦野がむせた。
「えほっ!? あ、あんたっ、直談判って清香、っさんとっ、げほげほっ」
芹沢さんが麦野の隣まで行って背中を擦り始めた。
ドジっ子麦野だ。
彼女は涙目になりながら、サングラスを外して俺を睨んだ。
「生きて帰れないわよ」
「なんと大げさな」
いくら米倉グループ社長夫人だからと言って、取って食われるわけでもなし。
「うーん、私もあんまり賛成はできないかな。っていうか、普通会えない。清香さん、ずーっとあのお屋敷の奥にいるものね。何をどうやって会うつもりなの?」
「むむ、それを言われると」
ちょっと考えてしまう。
忍び込んで……?
いやいや、犯罪者じゃないか。
「でも最終目標はそこだろ。実際に会って、俺達が何をしてたのかを伝えないといけないし、そうじゃないと舞香の好きが悪いことみたいに思われて、それは絶対にダメだ」
「あ」
「あ」
芹沢さんと麦野が、俺を凝視した。
「呼び捨て」
「あんたねー」
「あっ、ごめん」
また心の声が漏れてしまった。
ちょいちょい、舞香を呼び捨てにしてしまう……!
「ま、でも、君の心意気は分かった。私が協力することに違いはない。舞香さんを任せるなら、君みたいなのがいい」
「ちょっと旬香さん!」
「舞香さん、楽しそうでしょ? あの
「それはそうだけど……」
「私達じゃ、米倉の家の一部だからできないこともあるんだよ。だからそういうのと全然縁がない、彼みたいなのが必要になる……気がするわけ。さ、それじゃあどうやって直談判するか考えようか」
「いいんですか!?」
ふくれっ面になった麦野を横に、芹沢さんは俺の案を採用してくれるらしい。
「そりゃそうだよ。だって多分、それしか清香さんを翻意させられないもの。あの舞香さんを知ってるの、今は君だけでしょ。なら、君の言葉が一番強い」
じっと見つめられて、ちょっとハッとする。
麦野は相変わらず頬を膨らませながら、ストローでジュースを飲んだ。
そして、
「春菜は、あんたのこと気に食わないんだけどね。でもでも、悔しいけど舞ちゃんは春菜だけの力じゃ助けられないから。ちゃんとやってよ、あんた……! 舞ちゃんの高校生活が薔薇色になるのか灰色になるのか、全部あんたに掛かってるんだから! ……くうー!! もどかしいー! 春菜にも何かできることないわけ!?」
テーブルの下で、麦野の足がじたばたした。
俺の靴を蹴るのはやめなさい。
「まずね、清香さんは家から出てこない。基本的にね。昔自分でアパレルブランドを立ち上げたんだけど、ちょっとそれが上手く行かなかったみたいで。それ以降、豊彦さんのサポートに徹してるの。多分、挑戦して上手く行かないのを舞香さんに経験させたくないとか? や、これは邪推かな」
芹沢さん詳しいな……。
確かにこれ、グループチャットでも会話が残るところでしちゃダメな話だわ。
「あ、豊彦さんは舞香さんのお父さんね。米倉グループ……いわゆるライスホールディングスの社長。すっごいやり手で、中小企業を次々傘下に取り込んでいってる。これは知ってる?」
「ライスホールディングスの名前なら」
そうか、だから舞香の回りに取り巻きがわさわさいるのか。
「豊彦さんなら話を聞いてくれるかもだけど、あの人死ぬほど忙しいんだよね。週に一回くらいしか家にいないから。あとは……ちょっとヤだけど
「一竜?」
「一竜さんなら力になってくれるかも!!」
急に麦野の目が輝いたぞ。
「誰なんです、その一竜って」
「あんた、そんなことも知らないの?」
ふんっと麦野が鼻を鳴らして胸をそらした。
おお、強調されるとまた大きいな……。
「一竜さんは舞ちゃんのお兄さんよ。旬香さんの元カレですよね?」
「付き合ってないから。告白は丁重にお断りしたから」
「ええー。もったいない。一竜さん、イケメンだしスポーツ万能じゃないですか」
「私の好みは、もっとモサモサした男子なの。回りがスポーツ男子ばかりだから似たようなのは願い下げなんだってば」
麦野の評価が高く、逆に芹沢さんが苦手なタイプの男か。
「その一竜さんっていう人なら、舞香のお兄さんなら接触しやすいんですか?」
「ええ、そうよ。彼、ライスホールディングスの系列会社に入ったばかりだもの。まだヒラだから接触し放題だよ。でも、あいつすぐに握手とかハグとかしてこようとすんだよね。うー」
凄く嫌そうな顔だ。
「あんた、旬香さんはこう言ってるけど一竜さん、いい人だからね!? それに舞ちゃんのこと可愛がってたし、力になってくれるよ! よし、春菜がアポとって連れてってあげる!」
おお……!?
つまり、俺は麦野と一緒に、その一竜さんという人に会いに行くことになるわけか。
「じゃあ、よろしくおねがいします」
「ふふーん、素直でよろしい! 春菜は素直な人は好きよ」
「はいはい。二人だけだと頼りないから、私もついてくからね」
ため息をつきながら、芹沢さんは一竜さんと思われる連絡先をタッチするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます