第16話 10分間禁止令!?

 GW明けは、ちょっとだけ学校に行ってまたすぐ休みになる。

 俺は昨日の、舞香とのヒーローショーの余韻を感じたまま、ほんの数日間の学校生活をやり過ごすつもりでいた。


 本日はあいにくの曇り空。

 なんだかはっきりしない天気で、午後からは雨になるのだとか。


 学校に来てみたら舞香の姿がないではないか。

 いつもなら早めの時間に、芹沢さんの車でやってきているはずなのに。


 普段は話しかけない、舞香の取り巻き達に声を掛けてみることにした


「あのー、米倉さんは今日は……」


「はい? なんで君が舞香さんのこと聞いてくるの?」


 うわっ、なんかトゲトゲしい反応だ。

 ……って、考えてみれば俺と舞香の接点って、あの10分間だけなんじゃないか。

 しかもそれは他の人には秘密にしているし、傍から見れば縁もゆかりもないような男が、気安く舞香のことを聞きに来たように見えるのでは?


 しまったー!

 俺が内心でぐだぐだ言っている間に、取り巻き達に囲まれてしまった。

 数が増えてないか!? もしかして別のクラスにも取り巻きがいるの!?


「ちょい待ち、みんな。そのへんは舞香さん聞かないとじゃない?」


 取り巻き女子達を止めたのは、麦野春菜だった。

 彼女がいないと、みんな舞香のことを名前で呼ぶんだな。

 多分、みんな舞香ともっとお近づきになりたがってるんだろう。


「勝手なことしてバレたら、舞香さん怒るよ」


「あっ」


 女子達がおとなしくなった。

 説得力というか統率力というか、麦野春菜、やるな。


 彼女はいつものふわふわとした顔つきに戻って、俺に向き直った。


「稲垣くんはー、米倉さんのこと気になるのー?」


 キャラもいつも通りだ。

 舞香と接するとき、他の女子と接するとき、男子と接するときで顔を使い分けているのか。

 こええ。


「ああ、うん。米倉さん、いつも登校早かっただろ。だけど今日は来てないから心配だなーって」


「あー、うんうん。米倉さんって完璧な人だもんねー。憧れちゃう気持ちは春菜も分かるなー。なんか、米倉さんもいろいろあるのかも? 気にしなくていいんじゃない?」


「あ、ああ」


 彼女の顔は、口元は柔らかい笑みの形になっているものの、目がマジだ。

 これ、何か知っててピリピリしてるな?


 そしてここ最近で舞香に何かがあったとして……心当たりは、ありすぎる。

 原因はおそらく全部俺だぞ!


 俺は自分の席に戻った。

 やって来ていた佃が、肩を掴んで揺さぶってくる。


「おおおおお、無事だったか穂積ー!!」


「いきなり名前呼びすんな! 涼太って呼ぶぞおめー」


「やだ、名前呼び同士なんて特別な関係みたい」


「やめろ佃!?」


 という茶番をしたら、女子達の視線が俺から逸れたのを感じた。


「よしよし。これでマークされねえ。稲垣、女のネットワークってのは怖いんだからな。下手なことすんなよ。特にあの、米倉舞香を中心とした女子カーストは一番やべえ」


「詳しいな佃。そんななのか?」


「おうよ。あちこちで噂だぜ? 米倉グループに近付きたい家柄の娘が、米倉舞香の追っかけをやってるんだと」


「はあー。そんなん、米倉さんも息が詰まるだろう」


「そこはあれよ。親衛隊長の麦野春菜がああやって、びしっとケジメをつけさせてるからな。俺らと話してる時と、女子と話してる時で全然顔が違うだろ。ほれ、今はすげえ怖い目をしてる。麦野の前じゃ、女子達も下手なことを言えねえんだ。だけどそれはそれとして、麦野さんエロくて可愛いんだよなあ」


 性欲は恐怖に優る!

 クラスの男子人気も、一番は高嶺の花である米倉舞香。次にコケティッシュな麦野春菜が来ている。

 不動のワンツーだ。


 男子には優しい顔をするってのが、とにかく男には受けるらしい。

 女子人気がなさそうなもんだが、そこは米倉舞香親衛隊長らしい麦野、びしっと取り巻き達を締めているのだ。


 しばらくして、舞香の取り巻き女子が騒がしくなった。

 うちのクラスの窓辺に近寄り、その辺りの男子達が排除される。


「横暴だー」


「あーれー」


「女子に乱暴に押しのけられる……イイ!」


 一人変な性癖のがいるな。


 俺も女子達の後ろから、背伸びして窓を伺ってみた。


 見覚えのある黒いリムジン。


「舞香さんきた!」


「お迎えに行かなくちゃ!」


 取り巻きが色めき立つ。

 日々、学年における舞香の立場は上がっていっているようだ。

 恐るべし、米倉グループの七光。


 まあ、彼女が登校してきたなら、何も問題はない。

 今日の放課後も、秘密の特撮トークと洒落込もうじゃないか。


 そこで俺、リムジンから降りた運転手を見て驚いた。

 髪をポニーテールにした女の人だ。

 芹沢さんではない。


「あれ? 芹沢さん……?」


 慌ててFINEを確認すると、彼女とのチャットに一文だけがあった。


しゅんぎく『まずった。しばらく護衛から外されちゃった』


 な、なんだってーっ!?


 車から舞香が降りてくる。

 彼女の表情は、どこか浮かないように見えた。


稲穂『外されたって……俺がヒーローショーに連れ出したせい……!?』


 すぐに返答が来た。


しゅんぎく『あのままだと、舞香さんはいろいろパンクしてたかもなの。だから君は悪くない。むしろ私は感謝してる。でもでも、米倉の家にはわからずやがいるのだよなあ』


 わからずやだと……!?


 取り巻き達とともに、舞香が教室にやって来た。

 すぐにショートホームルームの時間だ。

 別のクラスの女子達は戻って行った。


 残るは、このクラスの、舞香親衛隊とでも言うべき三人だけ。


 舞香がちらりと俺を見て、口をむにゅむにゅした。

 あ、何か言いたそう……。

 彼女は麦野に、ぼそぼそとささやきかけた。首を傾げる麦野。


 すぐさま麦野がやって来た。


「なんだなんだ! 告白タイム……!? こんなクラスの真っ只中で!」


 盛り上がる佃。

 それは絶対ない。


 麦野春菜は不思議そうな顔をしながら、俺の前に立つ。


「なんか、これを伝えてって言われたんだけど分かる? 春菜は分からないんだけど……」


「分かるって、何が?」


 麦野はうなずくと、


「米倉さんがね。10分は無しです、だって」


 ……?

 それはどういうことだろう。

 舞香は心ここにあらず、といった様子。


 気になる。


 それは麦野も同じだったようだ。


「ねえ、稲垣くん。君、なんか知ってるでしょー。春菜、ちょっと君に後で顔を貸して欲しいなーって」


 にっこり笑顔だった。

 目は笑ってない。

 怖いぞ!


 クラスで二番目人気の女子、麦野春菜。

 彼女の眼力はめちゃくちゃ強いのだと、俺は知った。

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