第17話 質問? 尋問?

 さては今日の放課後は、麦野春菜と二人きりなのか……?

 と思いきや。


 昼食が終わった後の昼休みに呼び出された。

 クラスメイトのFINEグループがあったらしく、そこで麦野から二人きりのルームへ招待されたのだ。


むぎゅ『舞ちゃんのこと聞くから昼休みに下駄箱の前までね』


稲穂『拒否権はありませんか』


むぎゅ『なんでよー! 別にとって食うわけじゃないから!』


 むぎゅというのが麦野らしい。

 そして彼女、舞香のことを舞ちゃんと呼ぶのか。

 なんか、いつもは米倉さんだから感じが違ってて面白いな。


 そんなわけで、佃や布田たちとの昼飯を終えた俺。


「ちょっとトイレ」


「俺も俺も」


「でかい方だからついてきてはならんぞ」


「ええ……。学校で大をするのか。豪傑だなあ」


 などと言われながら、下駄箱を目指す。


 果たして、昇降口前でいつものふわふわ髪をもてあそびつつ、麦野春菜が立っていた。

 さっきは怖い目をしてるなこいつ、なんて思っていたが、彼女の横顔はなんとも不安そうに見える。


「来たよ」


 俺が声をかけると、彼女は真面目な顔になってうなずいた。


「誰かに見られるとアレだし、さっさと話を済ませるからね。そこの物陰に」


 通常の昇降口と、教師用出入り口の間に柱がある。

 その影で話すことにした。


「稲垣くんさ、なんか知らないけど、舞ちゃんと親しいでしょ」


「うん、一応。舞ちゃんって呼ぶんだね」


「プライベートではね。春菜と舞ちゃん、幼馴染だし。でも、学校では別。だって馴れ馴れしく寄ってくる奴らがいるじゃん。舞ちゃんと友達になりたいだけならいいけど、下心あるやつが多いもん。そういうの、舞ちゃんが傷つきそうでしょ。春菜、絶対そういうの許せないんだよね」


 ぷりぷりと怒る麦野。

 なるほど、彼女の態度は、舞香のことを思ってだったのか。

 自ら親衛隊みたいなポジションを買って出ているのは、下心のある輩を舞香に近づけないためだと。


「あのね、入学してから少しして、舞ちゃんが下校の時に姿を消すのね。トイレかなって思ってたけど、気がつくと気配を消していなくなるからこれっておかしくね? とか思ってたわけ。君でしょ稲垣くん」


「その通りだよ。でも、別にやましいことはしてない」


 それは胸を張って言える。

 俺と舞香は、特撮を愛する同志なのだ。

 男とか女とかの前に、戦隊モノへの愛がある。多分。


「ふうん……。確かに最近の舞ちゃん、元気なんだよね。正直中学の頃から、習い事が増えてたし清香さやかさんもちょっと束縛して来てるなって思ってて、舞ちゃん元気なくなってた。それが昔みたいなんだもの」


 麦野は、じろじろと俺を見た。

 背が低いから、自然と上目遣いで俺を見てくることになる。


 むむむ。

 大きな目とか、大きな胸元とかが自然と視界に入ってくる。

 とても目の毒だ。


「稲垣くん、舞ちゃんに何をしたの」


 その言葉には悪意はない。

 純粋な疑問だけがあった。


 舞香が元気になっているということは、悪いことはしてないのだろうと判断したのかもしれない。


「うーん。詳しい話は、米倉さんの許可がないと話せない」


「二人だけの秘密……!?」


 麦野がむっとした。

 ちょっと頬が膨れる。

 かわいい。いや、ダメだ、誘惑されるな、俺よ。

 俺は米倉舞香の味方ではないか。


「秘密は秘密だけど、いかがわしいものじゃない。だけど、俺達にとって大切なことなんだ。大雑把に言うなら……俺と米倉さんは趣味が同じなんだよ。多分、米倉さんにとって初めての、同好の仲間なんだ」


「しゅみ……」


 麦野が目を見開いた。


「……舞ちゃんの趣味ってなに?」


「おいおい」


 俺は思わず突っ込んだ。

 付き合いが長いのに、知らないのかよ。


「だって、舞ちゃんはいつも春菜に合わせてくれるから。優しいし、大人の期待を裏切らない子だから、その場にふさわしい事をするしふさわしい事を言うの。誰も……舞ちゃんの本心は知らないと思う」


 麦は悔しそうだった。

 小さな拳で、柱をぺちっと叩く。

 非力だ。


 そういえば彼女、運動は苦手だったな……。


「ねえ稲垣くん!!」


「あっ、はい」


 急に俺を見て、にじり寄ってきた。

 圧倒される俺。

 近い。近い近い。


 麦野は柱の間に俺を挟んで……そう、壁ドンをして来たのだ。

 あれ?

 この状況、どこかで覚えが……。


 ああ、これはあれだ。

 舞香の秘密を始めて見てしまった時と同じだ。


「舞ちゃんの趣味を教えて! 春菜、それを知らなくちゃ何もできないから! 今まで舞ちゃんが苦しんでたのに、春菜はなんにもできなかったんだよ? それをぽっと出の稲垣くんにされて、しかも舞ちゃんが嬉しそうとか……おのれ稲垣」


「逆恨みでは!? 待て、麦野さん! 落ち着こう! 争いでは何も解決しない……!」


「別に稲垣くんに怒ってないよ! 春菜は、春菜にムカついてんの!! 春菜、日和ってた……! 何が親衛隊長よーっ!!」


 麦野はむふーっと鼻息を荒くすると、ふわふわ髪を振り乱しながら柱をぺちぺち叩く。

 あっ、そんな激しいアクションをすると、俺の胸に麦野の胸が当たって大変なのだが!!


「……」


 麦野が静かになった。


「どうした?」


「手、いたあーい」


 麦野が涙目になっている。

 アホである。

 かわいい。


 だけど、こいつはこいつで舞香のためのことを考えてるのだ。

 敵じゃない。


「麦野さん、教えてくれ。舞香に何が起こってるんだ? 俺、彼女を助けたいんだ。なんか、さっきの彼女、俺に助けを求めてるみたいに」


「よ、よ、呼び捨て!! そういう関係なの!? いつの間に!?」


 あっ、いっけね!!

 芹沢さんにも突っ込まれてたっけ。


 麦野が顔を真赤にする。

 恥ずかしがっているのではなく、怒っている。

 ぷくっと膨れた。


「いかがわしい関係なんじゃーん!! むがーっ! やっぱ男子って信用できなーい!!」


「そうじゃない! そうじゃないから! 俺と米倉さんは、同じ趣味の……特撮で、戦隊ものが好きな仲間なんだ!」


 思わず声が大きくなってしまった。

 周囲を見回す。

 よし、誰もいない。


 目線を戻すと、顔の真下辺りで、麦野が口をぽかーんと開いていた。


「せんたい? とくさつ……?」


 おっ、そもそもそういう作品があるということを知らない顔をしている。


「いいか、米倉さんには秘密だぞ。あと、俺、思わず呼び捨てにしてしまうことがあるみたいなので、そういうことがあったら注意してくれ。芹沢さんにも注意されたんだ」


「旬香さんとも知り合いなの!? むきーっ! 油断も隙もない男ねあんた!」


 あれえ……?

 なんだか麦野の中で、俺のイメージが変な方向に行っている気がするぞ……?


 ちなみに。

 芹沢さんは、舞香の遠い親戚だって話を麦野から聞いたのだった。

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