第12話 変身ポーズをする彼女

 落ち着いたところで、下の階に向かうことにした。

 追っ手は気になるけど、それはそれとしてデートを楽しまなくちゃ!


 エスカレーターでのんびりとビルの中を降りていく。

 舞香は普段、売り場を見ることが無いらしい。

 きょろきょろして、物珍しそうだ。


「そんなに珍しいんだ?」


「うん。私、百貨店ってあまり好きじゃなかったんだ。だって、商品が並んでるわけでもなくて、ただただあんまり趣味の良くない部屋に通されて、そこにお店の人が商品を持ってくるだけなんだもの。みんなお祖父様やお父様やお母様に愛想笑いして」


 いつの時代の話だ……!


「でも、こういう百貨店なら楽しいね! すごくカラフルで、色々な物が並んでる! ねえ、ちょっと降りて歩いてみてもいい?」


 そうか、むしろ、まともに売り場を見たことがない舞香にとって、普通に店の中を歩くことが新鮮なんだ。


「ちょっと待って。ここ、あとひとつフロアを降りたら予定のコースだから!」


「予定のコース……?」


 不思議そうな舞香だが、エスカレーターが下っていくにつれて、その表情が驚きに染まっていく。


「えっ……嘘……。ここって……」


「そうだよ。おもちゃ売り場だ!」


「おもちゃ……売り場……!!」


 フロアに立つと、舞香が我慢できない、という風にふらふらと進み出た。


「現実にあったんだ、おもちゃ売り場……!」


 そりゃ、あるだろと思ったが、今はそんな冷めるような事を言うものじゃない。

 舞香はものすごく盛り上がっている。


「こっちこっち!」


 彼女を誘って、目的地へと向かう。

 そこは本来、男児向け玩具が展示されている場所だ。


「うわ、うわ、うわあー!」


 並べられた色とりどりのパッケージに、舞香の口から抑えきれない歓声が漏れる。

 彼女は俺を追い抜き、早足になってパッケージの前に。


「コダイジャーブレス!!」


「ああ、コダイジャー! まさか、テンションがあそこまで違うとは思わなかったよね、クール系の追加メンバー!」


「うんうん! 録画してね、何回も繰り返しちゃった。もう完璧」


 変身ポーズをマスター済みか……!

 恐るべし、米倉舞香。


「あっ! へんしんのにいちゃん!」


 そこへ声がかけられた。

 振り返ると、見覚えのある小さい子がいる。


「コダイジャーへんしんして!」


 俺が変身ポーズを見せた男の子だ。


「今日もおもちゃ売り場来てたのかー。見た? コダイジャー」


「みた!! かっこよかったー!」


 男の子が鼻息も荒く、両手をぶんぶんさせる。


「へんしん、コダイジャー!」


 変身ポーズをしてみせるけれど、男の子のそれは他のライスジャーとあまり変わらない。

 いきなり再現は無理だよなー。

 微笑ましく見ていると、後ろで舞香がプルプルと震えた。


 なんだ!?

 ああ、発作だ。

 特撮オタクとしての発作が彼女を襲っているのだ。


「米倉さん、あっちにお試し用のブレスがあるよ」


「ほんとう!?」


 舞香はお試し用のコダイブレスを手に取ると、躊躇なく腕に装着した。


「えっ、ねえちゃんへんしんするの!? セキハンジャーじゃないの!?」


「私が好きなのは、ハクマイジャー。でも、ライスジャーはみんな好き! だから君、見ててね。私の……変身!」


 おおっ、舞香のスイッチが入った!


「クックオーバー……」


 ブレスをつけた右腕を高く掲げるのではなく、手のひらで顔を覆う。

 指の間から鋭い目つきで前を見つめ……。


「コダイジャー!」


 ここからライスジャー定番の変身ポーズ。

 左腕と交差させ、右腕を高らかに掲げる!


 アクションとボイスに反応し、コダイブレスがピコピコ光りながらBGMを流す。


「うおー!!」


「うおー!!」


 俺と男の子が叫んだ。

 完コピだ!!

 今週登場したばかりのコダイジャーの変身ポーズを完コピしてる!


「す、すす、す、すげー!」


 男の子が両手をぶんぶん振り回しながら興奮する。

 君にも分かるか、舞香の凄さ。


 日舞で鍛え抜かれた体幹があるからこその、あの堂に入った変身アクション。


 だが、今日の舞香はこれで終わりではなかった。

 スイッチが入った彼女は一味違う。


 ゆっくりと腕を下ろし、足を開いて前を見据える。

 そして静からの……動!


「古代米の力を受け継ぐ戦士……コダイジャー!」


 大きく足を振り上げてから(ロングスカートなので何も見えない!)、大地を踏みしめて両腕を構えた!


 うおおおっ!

 コダイジャーの演舞から名乗りまで!!


「すげっ、すげっ、すげえーっ!! うわー! おれもやりたい! おれもやりたい! うわー!」


 男の子が興奮しすぎて大変なことになっている。

 これを見た、売り場に来ていた子どもたちが集まってくるぞ……!!


 舞香は、頬を紅潮させて鼻息を荒くしている。

 大変興奮しておられる。


 父兄の皆様から、ぱらぱらと拍手が起こる。

 そこで彼女、ハッと我に返ったらしい。

 頬どころか、耳まで真っ赤になった。


「ひえぇー」


 蚊の鳴くような声で悲鳴を上げると、俺の後ろに隠れた。


「かっこよかったよ。俺も負けてらんないなあ」


「あ、ありがとう……。でも、人前でやっちゃったあ」


「気持ちはわかる……! あと、お試し用のブレスは戻しておこう」


「あ、うんっ」


 ということで、ブレスを戻す舞香。


「ここで俺から、米倉さんにプレゼントがあるんだ」


「え……?」


 彼女がブレスを戻している間に、俺はレジで取っておいてもらった商品を手にしている。

 流石にDX版は高くて手が届かなかったが……。


「なりきりグッズ、ライスジャーブレスだ」


 ビニールに入ったそれは、電飾や音声機能こそ無いものの、サイズと造形はDX版に合わせた、いわばコスプレ用みたいなライスジャーブレスだった。

 本当なら、子供用のライスジャースーツ(パジャマ)と一緒に買うものらしい。

 ちなみに角が丸められたビニール製なので安全なのだ。


「こっ……これを私に!?」


「もちろん!」


「あっ、あっ、あっ」


「お財布取り出さなくていいから!! そんな高いものじゃないから! もらっておいて!」


「う、うん! うん、大事にするね!!」


 今になって、包装紙でパッケージングしてもらえば良かったかと思ったけど、ライスジャーブレスを嬉しそうに抱きしめる彼女を見ていたら、まあいいかと思ってきた。


「ライスジャーもこの一年弱のお付き合いだけどね」


「戦隊は一年で終わっちゃうけど、思い出はずっと残るでしょ? それに、思い出が形になったらもっと特別だよ」


 舞香、いいことを仰る。

 俺と彼女で、顔を見合わせて笑う。


 そこへ、スマホの振動がやって来た。

 我に返る俺。


 FINEアプリから、芹沢さんからのメッセージだ。


しゅんぎく『そのビルに追手が入った急いでにげろー!』


「やべえ! じゃあ米倉さん! 次に行こう!」


「次? 私、もう少しおもちゃ売り場を……」


「ヒーローショーまで捕まるわけにいかないでしょ!」


「そうだった!」


 ということで、無意識のうちに手に手を取って、俺達は階段を下り始めるのだ。

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