第11話 始まるデート

 当日。

 果たして、彼女は来ることができるだろうか?

 俺はそんな心配をしていた。


 この日のために、上着は新品のシャツとベスト。

 ボトムスだって自分でアイロンをかけた。

 髪型は……ネットを見て自分なりに真似してみた。いけているのでは……?


 だけどそんな努力も、彼女が来なかったら意味がない。

 来い、来い来い。

 どうか、芹沢さんの努力よ実ってくれ!


 予定時間が迫ってきているところで、FINEからの通知がやって来た。


しゅんぎく『ゲットした! そっちに放流する! 見つかんなよ!』


 ええーっ!?

 見つかるなよとは一体……!

 その答えはすぐにやってくる。


 向こうから、俺が見ても分かるくらい高級そうな、白のシャツにブルーの上着とロングスカート姿の少女が走ってくる。

 顔は真剣そのものだ。

 いつもよりも髪の毛はつやつやしてる。


 舞香だ。


 彼女は俺を見つけると、急ブレーキを掛けるみたいにして立ち止まった。


「ま、待った!?」


「今来たところ!」


 いつものやり取り。ただし、立場は逆。

 デートか。

 いや、デートだ。


「よし、行こう米倉さん! 芹沢さんの犠牲を無駄にしちゃいけない」


「あ、別に芹沢さんがどうにかなったわけじゃないけど」


 気分だよ、気分。

 肩で息をする舞香。

 ポケットからハンカチを取り出して、汗を拭った。


 歩き出したその足が、地面にできた亀裂に引っかかったのか。


「あっ」


 舞香がよろける。


「おっ!」


 俺は咄嗟に、彼女を抱きとめた。

 舞香の体重が掛かる。

 よし、これで転ばずに済んだ……いいにおい。


「あ、ありがとう……! 慣れない靴で走ったから、足元フラフラ」


「ああ、うん。そうなんだ」


 ……おや?

 今、俺は舞香を抱きしめているのでは?


「あっ」


 舞香も気付いた!


「ご、ごめんね。重かったでしょ?」

 

 慌てて彼女が離れる。


「軽い! 軽いよ!」


 人間一人の体重が軽いわけないんだけど、ここはこう言うもんだ。


「そ、そぉ? あの、えっと、汗臭くない? まだ始まったばかりなのにその、汗かいちゃって」


「全然!! むしろいいにお」


 おっと!

 これ以上は変態さんだぞ。

 俺は口を噤んだ。


 そんなやり取りをしてたら、舞香がやって来た方からバタバタ走ってくる者がいる。

 スーツ姿の人たちだ。

 おや、もしかしてやばい?


「米倉さん! とっておきのデートコースがあるんだ! 行こう!」


 俺は彼女の手を取る。

 暖かくて柔らかくて、しっとりしていた。


「あっ」


 舞香の声がする。

 でも、今の俺はそれどころじゃない。

 まだ始まってもないデートを終わらせるわけには行かないからだ。


 彼女を引っ張って走る。

 舞香が転ばないように小走りで。

 向かうのは……東遊デパート……前の電気屋。


 背後で自動ドアが閉じる。

 その前を、スーツ姿の人たちが走っていった。


 みんな、お洒落な喫茶店やレストランを覗いているな。

 まさか舞香が、電気量販店に入るとは思うまい……。


「セーフ」


「あ、ありがとう。気付かれないかな……?」


「喫茶店とか入ってたら見つかってたと思う。だけど、こっちは人の数が多いから紛れ込めるよ」


 結果的に、芹沢さんの判断は正しかった!


「じゃあ行こう。まず一休みしようよ」


「うん! ……あ、あの、稲垣くん」


「はい?」


「えっと、ええとね?」


「はい」


 振り返ったら、舞香の顔が赤い。


「手……」


「手?」


 見下ろせば、彼女の手をしっかりと握りしめているではないか。


「お、おおおっ、おわあ、ごめん!」


 慌てて手を離した。

 やばい。

 俺、凄い手汗。


 舞香も手を握ったり開いたりしてる。


「うわわわ、私すごい手汗。しまったー」


 呟きが聞こえた。

 あれ、俺と同じ?


 少し二人で静かになって見つめ合う。

 どちらともなく、笑顔を浮かべた。


「行こうか、米倉さん。屋上にフードコートがあるから」


「フードコート?」


「ジュースでも飲んで一休みしようよ。始まりから疲れてたら、ヒーローショーを見る体力無くなっちゃうから」


「あ、そうだね! うん、うんうん。ヒーローショーのために体力は取っておかないとだもんね!」


 おお、いきなり舞香の目がキラキラと輝き出した!

 入口近くに留まっているのも危ないし、通行人の邪魔になる。

 俺たちはすぐさまエレベーターに乗り込み、最上階へ。


 フードコートはGW最終日ということもあり、大盛況だった。


「すごい人……!」


「休日は割といつもこんな感じじゃない?」


「そうなの? いつも、こういうお店来る時は表から入らないから分からないなあ」


「表から入らない?」


 適当な席を取る。

 そして、とりあえずは並びの少ないフレッシュジュースショップで二人分のジュースを。


「オレンジでいい?」


「うん!」


 すぐ近くの席にいる舞香に確認を取って、オレンジジュースを二人分買った。

 席に戻ったら、舞香がいそいそとお財布を取り出す。


「ここは奢らせてください……!!」


「ええ……。でも、悪いよ。むしろ私がヒーローショーにエスコートしてもらうんだもの。私が払うほうが自然」


 彼女はきっぱりと言うと、明らかに高そうなお財布から千円札を取り出して俺に押し付けた。

 ううっ、デートは男が奢るものでは……?

 そりゃあ、財政的に豊かではないけど。


「その分の働きはしてもらいます」


 むふーっと鼻息も荒く、舞香が宣言した。

 これは……期待されている!


「分かった。でも、割り勘で行こう! ここは譲れない!」


 半額をコインで返すと、舞香は不思議そうな顔をした。


「そういうものなの? ふむふむ……新鮮……。自分から商品を取りに行くのもだし、支配人が挨拶に来るとかでもないし」


 すごい世界に生きてるね、君……。


 二人で一息ついて、ジュースを飲む。

 フレッシュジュースのオレンジは濃厚で、ちょっと疲れた体に酸味が染み渡る。


「うめー」


「うん、美味しいね」


 舞香が微笑む。

 そういうさりげない仕草で、いちいち俺はドキドキしてしまうのだ。


「稲垣くん、顔赤い?」


「走ったから、体が熱いの。米倉さんだって」


「わ、私だってそうだもん」


 そうか、俺たち、お互い顔を赤くして、向かい合ってオレンジジュースを飲んでいるのだ。

 凄くデートっぽいんじゃないか。

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