第7話 作戦会議はFINEアプリ

 FINEアプリに、新しいチャットが出来上がっていた。

 俺と芹沢さんだけが参加しているチャットだ。


 うーん……。

 生まれてはじめての女子と二人きりのチャットが、まさか舞香の護衛の人だとは……。

 しかも、芹沢さんの名前じゃないし。


 誰だよ、このしゅんぎくって。


しゅんぎく『きたかな~?』


 !?

 すごく間延びした感じのテキストが送られてきたので、俺はぶっ飛んだ。


 えっ?

 なにこれ?

 えっ?


しゅんぎく『この稲穂っていうのがさっきの君かな~?』


稲穂『そうですけど。なんか口調が全然違わないですか』


しゅんぎく『そりゃそうだ~。だってわたし、今はオフだも~ん。オフはオフらしくするのだ~』


 ええ……。

 このふわっふわなテキストを、あの堅物っぽい芹沢さんが打ってるの……!?


稲穂『なんか調子狂うんですけど! オフだとそうなんですか!?』


しゅんぎく『そう~? じゃあ語尾に~つけるのやめておく~。あのねえ、オフじゃないと私は君の話を突っぱねないといけないの。それが仕事だから。でも個人的には応援したいと思ったわけ。そっちはオフの私だから』


稲穂『なんか色々とすんません』


しゅんぎく『これから舞香さんを危険な目にあわせるかも知れない君が今から謝るなー。あの子に安全に楽しんでもらうために作戦会議するんだからね』


稲穂『うす!』


 プライベートな芹沢さん、なんか思ったよりも砕けた感じで拍子抜けしてしまった。

 そうか、仕事中のあの人に舞香のヒーローショー行きをお願いしても難しいのか。


稲穂『俺、舞香さんを家から連れ出そうと思ってたんですけど』


しゅんぎく『むつかしいねー。米倉の家はすっごい警備厳重だよ。どれくら厳重かは秘密ね。機密事項だから。で、舞香さんがお散歩出るなら、わたしみたいな護衛がつくから』


稲穂『その日も芹沢さんが護衛になるんですか? だったら協力して欲しいなーって』


しゅんぎく『こら甘えるなー。土日祝日はわたしオフなんだよねー。だからプライベートで手伝ってあげる。その日の担当はわたしの後輩だからー』


 先輩後輩があるのか。


稲穂『んじゃ、俺も舞香さんを守るので! 一緒に守るって伝えてくれたら!』


しゅんぎく『基本的に舞香さんの護衛は男子禁制なんだよねー。だからわたしたちみたいな、格闘技経験者を使ってるの。わたし、一応大きな大会出てたくらいの腕ではあるしー』


 なにいっ!!


 俺は慌てて芹沢、格闘技、で検索する。

 出た。

 芹沢旬香せりざわしゅんか

 4年前の国際大会に出て、女子63kg級で準優勝してる。

 やばい。

 大きな大会どころじゃなく、その階級の世界の頂点付近じゃないか。


稲穂『なんでそんな人が舞香の護衛に』


しゅんぎく『舞香さんだろこのでこすけやろうー』


 あっ、しまった!

 ちょっと焦る俺。


しゅんぎく『なんて冗談冗談。君さ校門のところでも一回舞香さんを呼び捨てしてたでしょ。気があるでしょ』


稲穂『それひ』


 やべ、フリックミスった。

 俺、動揺してる。


稲穂『とりあえず俺は舞香さんと一緒にヒーローショー見るんで! 手伝ってもらえるんですね』


しゅんぎく『おけまるー』


 おけまる!?

 なんかこう、リアルで会った芹沢さんと、FINEの中の芹沢さんが全然違っててめちゃめちゃ戸惑う。


しゅんぎく『実際君一人が突っ走っても無理だと思うよー。だからわたしに話を持ってきたのは正解だったと思う。ここからはめっちゃ大変だぜ君』


稲穂『そんなに。なんで芹沢さんは俺を助けてくれるんですか』


しゅんぎく『舞香さんのすっごい笑顔っていわれたら見たくなるじゃん。なるじゃん? だから舞香さんを困らせたり泣かせたりするなよー』


しゅんぎく『ぶっつぶしにいくぞー』


 こええ。

 そして俺たちは、その後の計画について話し合った。

 GW最終日、舞香が散歩に出て、東遊デパート前で行われるヒーローショーを見る。

 そして直帰。


 初めてのケースだから慎重に行くべき、というのが芹沢さんの意見だった。

 舞香の外出をちょこちょこ増やして、米倉の家がそういう状況に慣れていくべき、というわけだ。


 なるほど、なるほど……。

 こういう意見がポンポン出てくるあたり、芹沢さんも舞香を心配していたのかも知れない。


 計画について、家を出るところと戻るところは芹沢さん。

 タイムスケジュールは俺の意見で概ね決まった。

 そろそろ、夜も遅い。


しゅんぎく『じゃこんなとこで。わたしはねるよ』


稲穂『ありがとうございます!おやすみなさい!』


しゅんぎく『あのさ、君だから協力するんだぜ。ここ一週間くらい車の中で舞香さんすごく楽しそうなんだからね』


稲穂『マジで』


しゅんぎく『あ』


 あ?

 何だ、いきなり。


しゅんぎく『なお一筋縄では行かない模様。今後輩にチャットで頼んだら断られた。実力行使で連れてくるから後は君が気合い入れてやれおやすみ』


 おいぃ!!

 最後の最後で不穏な事を!


 その日、俺は悶々としながら夜を過ごした。

 そして、あまり眠れなかったものだからいつもより早く登校してしまった。


 おお……校門前に黒塗りのリムジンが止まってる。


 ちょうど、米倉舞香が降りてくるところだった。

 芹沢さんも一緒だ。


「おはよう、稲垣くん」


「あ、ああ、おはよう米倉さん! ……と芹沢さん」


「おはようございます、稲垣さん。ではお嬢様、私はこれで。また夕刻お迎えに上がります。華道部が終わる時間に」


「はい。お願いします」


 芹沢さんは一礼して、車に乗り込んだ。

 最後に俺にだけ見えるように唇を動かしている。


(話すなよ)


 そう読み取れた。

 話さないって……!

 そもそも落差が大きすぎて誰も信じないよ!


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