第8話 創作ダンスの米倉さん

「女子の授業は創作ダンスだってよ」


「はー、なんで男子の授業は柔道なんだよ」


「汗臭い男と取っ組み合いたくねえ」


「そもそも大会とか体重別なのに、授業はなんで無差別級なんだよー」


 言われてみればその通りだ。

 ただいま体育の授業中。

 適当に乱取りして、一通り終わったら師範が講義する。


 師範が柔道部のやつを読んで例を見せたら、それを練習する。

 個人的には動きがあって楽しい授業だと思う。

 俺の相手は常に、体格が大体同じくらいの佃だしな。


「おっしゃー。稲垣、適当に流すべ」


「よしよし。こいおらー」


「おっしゃー」


「こいおらー」


 二人でやる気のないダンスみたいな乱取りをする。


「でさ、稲垣知ってるか」


「何をだ?」


「米倉さんの創作ダンスすげえらしいぞ。日舞で体幹がめっちゃ鍛えられてるから、フォームがすげえキレイだって。あと、なんかアクション俳優みたいな動きをするとか」


 戦隊物の動きじゃねえか!!

 なにそれ、超みたい!


「確か、このクラスに一人既にリア充がいてな」


「布田か」


「布田の彼女が水戸さんだろ? 布田から頼んでもらって動画を撮ればいい!」


「佃、天才か」


 ということで。

 俺たちは乱取りダンスをしながら布田に近づいていった。


「ようリア充」


「なんだ陰キャ」


「お? てめえ許さねえぞ」


 あっ、佃と布田のガチ乱取りが始まった。

 お互い柔道の素人なので、相手の足を蹴り合う。

 実に痛々しい。


 途中で師範が入ってきて、


「組み合いながら蹴りとか、お前らムエタイか」


 とかお説教されてしまった。

 見学を命じられる佃と布田。

 だが、これが功を奏した。


 二人はこしょこしょと内緒話をして、スマホで何かを送っていた。

 俺と、布田と組んでいた男で彼らのやり取りを隠す。

 こいつは掛布という男で、常に彼女が欲しい欲しいと公言している。だが振られるのが怖いので一度も告白したことはない。


「ほう、米倉さんのダンスだと? 見たいに決まってる。俺も一枚噛むぜ。彼女が欲しい」


「お前語尾にそれつけるのやめろ。米倉さんを彼女にしたいみたいに聞こえるだろ」


「彼女にしたいっ」


「てめえっ」


 こうなりゃ戦争だ。

 俺と掛布で、組み合いながら互いの足を蹴り合うことになった。

 こんな無様なダンスをムエタイと言うなんて、タイの国技に申し訳ない。 


「お前らあ」


 見かねて師範がやって来て、俺たちを道場の中心に連れてきた。


「足技はこう。てこの原理なんだよ。蹴って相手の足を折って投げようとしてんのか。どんだけ野蛮人なんだよ。柔道はな、文明人の格闘技なんだ」


 師範の見事な内股で、俺と掛布は畳に転がされた。


「足技禁止な。素人がやると怪我するんだ。腰技でいけ。背負いだ。あと手を離すな。投げられた奴が頭や背中を打つからな」


「へい」


「へい」


 大人しく師範の話を聞くことにした。

 俺と掛布が道場の注目を一身に浴びたことで、見事、佃と布田は動画をゲットしたらしい。

 そして今日の帰り、全員で水戸さんに奢らねばならないことになった。

 割り勘で行こう。


 授業が終わり、着替え中に動画を見る。

 女子たちは皆、体操着で楽しげに談笑している。

 創作ダンスは基本的に体育教師が決め、それを踊ったりするようだが。


「自分で考えつくやつは自分でやっていいことになってるそうだ」


「まだ入学して一ヶ月くらいなのに、そんなに自由なのか」


 恐るべし。

 あとは、この城聖学園高校、かなり自由な気風らしいので体育の授業も生徒の自主性に任せているのかも知れない。

 ちなみに師範いわく、「男子はアホだからバカばかりやる。格闘技を自由にやらせるわけがねえだろう」とか。

 ごもっともだ。


「じゃあ、動画を見ようじゃないか。我がクラス一の美少女、米倉舞香のダンスを……」


 佃の合図で、みんなで顔を寄せ合って動画を見たのだが。

 俺以外の三人が、「えっ」と叫んで戸惑った。


 俺だけがニヤリとする。

 一見してみんなと同じダンスをしているようだが……。


 動きの端々に、ライスジャーを始め、戦隊物のアクターをやっている役者さんの動きが取り入れられているのだ。

 彼女、なんてマニアックなことをするんだ。


 凄い……。

 完コピだ。

 しかも動きがキレッキレだ。


 激しい動きなのに、体幹がしっかりできているのかブレも無い。

 そういや彼女、変身ポーズがめっちゃキレイだったもんなあ……。


すいとん『すごくない? あれ日舞? なんか時代劇の、さつじんってのに似てるんだけど』


「さつじん!?」


「殺人……」


 どよめく男たち。


殺陣たてな」


 俺は思わず突っ込んだ。特撮でもやってるからな。

 ちなみに水戸さんのFINEでの名前はすいとんか。


「確かに言われてみれば、時代劇の殺陣に似てるかもね。水戸さんよく知ってたな」


 俺は話を誤魔化すために、殺陣の方向に持っていくことにした。


「あいつ、おばあちゃん子だからな。いつも一緒に時代劇チャンネル見てるってさ」


 布田情報。

 特に必要ない情報だが、これで舞香の動きが戦隊のそれであるという話にはなるまい。


すいとん『やっぱ舞香ちゃんすげーわー。勝てないわー。あそこまでレベルが違うと嫉妬しないわー』


 動画の中でも、女子たちがやんややんやと盛り上がっていた。

 そして、注目を浴びている事に気づき、スッと真顔になってダンスをやめる舞香。

 かわいい。


 だけど、思い切り戦隊のアクションをするの、気持ちよさそうだな……。

 俺もやってみたくなってきた。


 今度舞香と一緒に行くヒーローショーで、そう言う動きを研究してもいいかも知れない。

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